2017年03月17日

スマホの多機能におどろく

カシオのランニング用腕時計をかった。37%オフで2030円。
ランニング用といっても、
ストップウォッチとラップがとれるくらいの
シンプルな機能しかない。
歩幅をセットすると、はしった距離がわかるそうだけど、
めんどくさいのでやらない。
ガーミン社の時計が、走行距離・ペース・時間を
すっきりした画面でおしえてくれるのにくらべると、
おもちゃみたいなランニングウォッチだ。
アップルウォッチとは くらべる気にもならない。

それでも、ストップウォッチとして
日常のうごきをはかってみるとおもしろい。
朝の歯みがきは5分、夜だとていねいにみがくので8分。
ランニングのあとのシャワーは10分で、
ヒンズースクワット300回が6分30秒。
こうやって活動時間を把握すれば、タスク管理まであともう一歩だ。
やらないけど。
わたしにとってのランニングウォッチは、
ストップウォッチ機能がついていればそれでよく、
あと できれば 外気温がわかったら、とおもう。
はしるときに温度をしるのは大切な情報だし、
旅行にいったときなど、
いまの温度(できれば湿度も)がわかると
日記がぐっと具体的になる。
ただ「あつい」と感想をのべるよりも、
じっさいの温度をかいたほうがずっといい。
アップルウォッチには温度表示もついているので感心していたら、
カシオからも温度計つきの腕時計がでていた。
わたしがしらないだけで、世界はどんどん進歩している。
とおもったら、スマホのアプリにも温度計があった。
わたしはスマホをほとんど電話だけにつかっているので、
時代のながれに ぜんぜんついていけてないみたいだ。

もうひとつ最近しったのは、グーグル翻訳のかしこさで、
なんでも翻訳してくれる能力に、ほんとうにおどろいた。
音声入力の精度がかなりたかく、旅行でもじゅうぶんつかえそうだ。
英語だけでなく、100以上のことばをあつかっており、
そのうちのおおくは音声で入力できる。
カメラでスキャンすれば、活字も翻訳してくれる。
これが無料でつかえるとは、しんじられない。

5年くらいまえの研修会で、
これからは機械が翻訳してくれるようになるでしょう、と
講師のかたが 雑談としてはなされたとき、
わたしは ほんとうにそんな時代がくるのだろうかと うたがった。
ドラえもんじゃないんだから、つかいものになる翻訳機が
かんたんに開発されるわけがない。
できたとしても たかすぎて、わたしにはかえないにきまっている。
それがいま、わたしの目のまえにある。すごい。

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2016年06月09日

「夏こそスマホ!」

たしか山藤章二さんだったとおもう。
しろうとがついつくりがちな広告として
「夏こそ◯◯!」をあげていた。
「夏こそひやし中華!」
みたいに、
「夏こそ」は なんにでもくっついて、それらしくなる。
「夏こそ」のような芸のないコピーを、
山藤さんはからかっていた。

たしかに、「夏こそ」は どんなことばともくっつく。

「夏こそラーメン!」
「夏こそカレー!」
「夏こそダイエット!」
「夏こそスマホ!」

なにをつけても、なんとなく意味がつうじる(ような気がする)。
これが冬や秋だとこうはいかない。
「冬こそスマホ!」では、
そのうらにひそむ ふかい意味をかんがえてしまう。
あかるさがなく、ひたすらおもい。
夏だからこそいきてくる「夏こそ◯◯!」だ。

「スポーツの秋」に代表される、
「◯◯の秋」も、「夏こそ」によくにている。
秋にむすびつけたら、なんでもすんなりとおる。
「マンガの秋」
「アルバイトの秋」
「ガンダムの秋」
「犬ぞりレースの秋」
「◯◯の」とむすびつけると秋は最強だ。
どんなことばものみこんでしまうほど
ふところのふかさがきわだつ。
ほかの季節がマネをしてもうまくいかない。
読書や食欲、それに文化も、秋でなければおさまりがわるい。
あえて「読書の冬」といっても、むりやり感がつよい。
ひねったさきの おとしどころをしりたくなる。
でも、よくかんがえてみると、
耳になじんだことばのおおくは 季節と関係がない。

けっきょく、季節についていわれていることばは、
どれもたいして根拠はなく、ようするになれの問題だ。
よくしたしんでいることばとくっついても、
わかったような気がするだけで、
じっくり意味をたしかめると わけがわからない。
「文化の秋」って、いったいなんのことだ。
「食欲の秋」だって、こじつけにすぎない。
季節をうたった便利すぎることばを、
もうすこしうたがったほうがいいのではないか。

posted by カルピス at 23:26 | Comment(0) | TrackBack(0) | スマホ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月17日

半月で46.52MBのデーター利用量は いったいなんなのだ

「椎名誠 旅する文学館」のサイトに、
目黒考二さんが椎名誠さんの本を出版順によみ、
感想や疑問点を 椎名さんにちょくせつぶつけるコンテンツがある
(「椎名誠の仕事」)。
毎週月曜日に更新され、数年かけて
ようやく2012年の12月に出版された
『ソーメンと世界遺産』(ナマコのからえばり8)まできた。
http://www.shiina-tabi-bungakukan.com/bungakukan/archives/10647
ふたりの会話は、書評といってはあまりにも世間ばなしで、
この回も 目黒さんが寝袋カバーのことを
しつこく椎名さんにたずねている。
そして、寝袋カバーにつづいてスマホが話題となった。
目黒 この本にスマホを買ったと出てきて驚いた。
   いまでも使っているの?
椎名 いや、使っていない。
目黒 どうして買ったの?
椎名 どうしてかなあ。お前、スマホ?
目黒 いや、ガラケー。おれの競馬友達、全員ガラケーだよ。
椎名 十分だよな。

わたしには、おふたりの気もちがよくわかる。
まったく「十分だよな」というしかない。
これはもう、世代間格差がそのままあらわれている いい例だ。
20代のひとは、90%がスマホをつかい、
50代では50%と、だんだんもっている割合がさがってくる。
椎名さんと目黒さんとも、70前後なので、
「おれの競馬友達、全員ガラケーだよ」もあたりまえの感想だろう。

先月スマホをかったわたしは、
予想どおり ほとんど電話としてしかつかわない。
2ギガのデーター量の契約でありながら、
5月にはいっての半月で、わずか46.52MBしかつかわなかった。
2ギガの約40分の1なのだから、
目黒さんと椎名さんのやりとり
「どうして買ったの?」
「どうしてかなあ」
は、まさしくわたしにも関係する謎だ。
自分のことながら わけがわからない。

目黒さんはスマホなんてかんがえてもみなかったようだし、
椎名さんはあっさりスマホからガラケーにもどしている。
50代のわたしは、
「どうして買ったの?」
「どうしてかなあ」
を いまだにくりかえしている。

posted by カルピス at 21:55 | Comment(0) | TrackBack(0) | スマホ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月04日

やっと外でもつかえるスマホを手にいれる

3週間まえにスマホを手にいれておきながら、
わたしのスマホは、Wi-Fiでしか ネットにつながらない。
通話はできる。
外でネットにつなごうとしたら
「オフラインです」と表示され、
いくら設定をいじってもどうにもならない。
マップもひらけないし、ラジコもきけない。
ネットにつながらないスマホって、
家にあるiPadと どうちがうのだろう。

こまったなー、といいながら、
じっさいはそれほど不便をかんじないので
3週間ほったらかしていた。
ほったらかしながら、このつながらないスマホが
ふつうのスマホのようにネットにつながったら
きっと便利だろーなー、ともおもった。
外でiPadがつかえるみたいなものだ。すごい。
スマホをもっていながら、こんなことをいうのもなんだけど。

きのうようやくイオンモバイルへもっていくと、
SIMカードを認識してないのでしょう、といわれた。
APNの設定をされましたか?とたずねられる。
やってない。SIMカードをさすだけではだめだったとは。
SIMカードをわたすときに おしえてくれたらいいのに
(わたしがききながしたのかもしれない)。
アクセスポイントの編集で、あたらしいAPNを追加し、
ユーザー名やパスワードを入力して保存する。
それだけで、するするっとネットにつながった。

すごく便利になったスマホながら、
けっきょく たいして用事はない。
家ではパソコンをひらくし、外ではスマホをいじらないし。
それでも、これでようやく名実ともに「スマホ」となり、
すごくうれしかった。だれかに自慢したいくらいうれしい。
どこでもつながるちいさなパソコンなわけだから
(パソコンよりかんたんだし、カメラやラジオもついてる)、
世界じゅうのひとが 携帯からスマホへと
ながれる気もちが すこしはわかった。
スマホの実力をしる、よい教訓だったかもしれない。

posted by カルピス at 13:29 | Comment(0) | TrackBack(0) | スマホ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月26日

スマホをつかえなくても、話題づくりには役だつ

いきつけの美容院で髪をきってもらう。
無難な話題なのだろう、なんとなくスマホのはなしをふられた。
40代後半の店長さん(女性)は、2年ほどまえ スマホにかえたそうだ。
わたしはずっとまえからスマホをつかっていたような顔で
中高年者のスマホ環境について、
わかったような顔をしながら あいづちをうつ。

店長さんがいわれるには、
スマホにしたものの、携帯のときのほうが
つかいこなしていた気がするそうだ。
まえには音楽をダウンロードして、
着信の曲を ひとによってかえたりしていたのに、
スマホではやり方がわからないという。
スケジュール管理をしても、
予定をしらせるアラームの設定ができないそうだ。
検索でしらべたらどうですか?とたずねると、
すべてが漠然としており、なにがなんだかよくわからないらしい。

スマホにかえてから2週間がたちながら、
あいかわらず通話にしかつかわないわたしは、
その通話さえスムーズにこなせないので、
店長さんの気もちがすごくよくわかる。
そうですね、スマホってやっかいですよね、
パソコンのほうがずっとあつかいやすい、とわたしが本音をもらすと、
店長さんはパソコンが家になかったので、
パソコンのよさはよくわからないといわれた。

わたしは、自分専用のパソコンとまではいかなくても、
1台くらいのパソコンが、たいていの家には あるのかとおもっていた。
どうも、パソコンはそこまで一般的な存在ではなく、
だからこそ スマホがこんなにもきゅうにひろまったようだ。
わかい職員にきいてみても、スマホはあっても
パソコンはもっていないのが あたりまえだ。
ネット社会は、パソコン時代は ほんとうのはじまりとはいえず、
スマホの登場によって、いっきに火がついた。
だれもかれもがネットにつながるようになったのは、
スマホが登場してからだ。

ネットにつながるまでのパソコンは、
どんなつかわれかたをしていたかというと、
ただの事務機だった。
人間のかわりに面倒な計算や作図をひきうけてくれた。
いままた パソコンは 事務機としての役割にもどり、
ひととひととをつなぐSNSは、
スマホを前提としたしくみとしてひろまっている。
そうしたスマホの存在意義をいかせないわたしは、
ネットをのぞくのはパソコンにたより、
スマホは携帯のかわりでしかない。
あるべき場所が、ひとつずつ ずれている。

でも、そのおかげで、髪をきってもらいながら
話題にこまらなくなった。
同世代のひととはなしていても、
スマホにつまずいているはなしをすると
ひとまず会話が成立する。
こういうのも 中高年者にむけた スマホの利用法のひとつだ。

posted by カルピス at 22:35 | Comment(0) | TrackBack(0) | スマホ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする