2018年05月25日

生ゴミをまえの夜から準備する配偶者

なにごとにおいても用意周到な配偶者は、
もえるゴミをだす日(火・金)は、
そのまえの夜からゴミのつまった袋を玄関においている。
朝、新聞をいれるときに、用意していたその袋もだす。
朝から生ゴミをあつかわなくてもいいので、
だんどりがいいのだろう。
でも、5月にはいり、気温があがってくると、
ゴミ袋から生ゴミのにおいがするようになってきた。
わたしの部屋は、玄関のすぐちかくにあり、
部屋からでるたびに、生ゴミのにおいをかがされる。
いまは我慢できないほどつよいにおいではないけど、
夏になればかなりくさい存在になるだろう。
解決への道はかんたんだ。
まえの夜からもえるゴミを用意したりせず、
朝までまって ゴミ袋をとりだすようにすれば、なんの問題もない。

とはいえ、夫婦といえども、
こういう提案にはあんがい気をつかう。
配偶者は、なにかものすごい理由があって、
まえの夜からゴミ袋を用意しているのかもしれないし、
もしかしたら、わたしへの 無意識な いじわるという線はありえる。
いじわるがいいすぎだとすれば、わたしにたいする無言の圧力か。
いずれにしても、わたしの提案に 配偶者はどう反応するだろう。
やぶへびで、わたしの生活態度までがやり玉にあがったり、
生ゴミをめぐって徹底抗戦にすすむかもしれない。
まあ、配偶者が習慣をあらためるのをことわれば、
わたしがもえるゴミをだせばいいだけのはなしだ。
いろんな面から慎重に検討をかさねたのち、
わたしはおそるおそる配偶者にきりだしてみた。
あたたかい季節となり、生ゴミがにおいだしたので、
まえの夜から準備するのはやめてほしい、と。

こたえは、拍子ぬけするものだった。
鼻がわるいので、においに気づかなかったのだそうだ。
いっぺんに謎がとけてほっとする。
宣戦布告につながるいじわるでなくてよかった。
そういえばまえにも、配偶者の鼻がわるいのをついわすれ、
誕生日プレゼントとして アロマオイルをおくったことがある。
気がきかないのは、わたしのほうだった。
コミュニケーションがたりないと、このように、
ささいな問題をおおげさにとらえがちだ。

もうひとつ、配偶者とのあいだに
わたしはタンス問題をかかえている。
わたしの部屋においてある配偶者のタンスが 邪魔でしょうがない。
本棚や机がおいてある書斎ともいうべき空間に、
おおきなタンスはいかにも場ちがいだ。
でもそれは、あくまでもわたしのいいぶんであり、
配偶者としては、ほかに場所がないから
わたしの部屋においている、というだろう。
タンス問題はかなりデリケートな要素をかかえており、
かんたんにきりだせば、倍がえしされそうだ。
どんな状況なら、タンスがわたしの部屋からきえだろうか。
夫婦でいることのだいごみは、おたがいに気をつかいつつ、
自分勝手な欲求を、どうやって提案するかにある。
生ゴミのつぎは、いよいよあいての本丸へとせまりたい。

posted by カルピス at 21:49 | Comment(0) | 配偶者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月03日

「せめてこのぐらいはさせてくれ」globalheadさんの気くばりがすばらしい

globalheadさんのブログにのった
「2ヶ月間主夫をしていた」をよむ。
http://globalhead.hatenadiary.com/entry/2018/03/02/115446
(メモリの藻屑 記憶領域のゴミ)

ある事情から、globalheadさんは
2ヶ月のあいだ主夫をするともうしでる。
夕飯は全てオレが作ろう。そうすれば遅く帰ってきても夕飯をすぐ食べられてすぐ寝られる。洗濯ものも全部任せてもらっていい。洗って取り込 んで畳んでおく。オレの部屋だから掃除をする必要もない。通勤時間が短い分睡眠時間を確保でき、日常の雑事に追われることも無い。今まで何もしてあげられ なかったから、せめてこのぐらいはさせてくれ。

「せめてこのぐらいはさせてくれ」にしびれる。
この生活の後半、睡眠時間が多くとれるようになったせいか、相方が早起きして一人で寛いでいた日が何日かあったことだ。多少なりとも健やかさを取り戻せるようになってくれたのなら、オレのささやかな努力も無駄ではなかったということなのだろう。

自然とわきでてくる 相手への気づかいが、
だれかといっしょにくらしている醍醐味だ。
こうしたこころくばりを愛とよぶのだろう。すばらしい。

わたしもいくらかは家事をするけど、
配偶者への配慮がどれだけあるかというと、
まったく自信がない。
globalheadさんのように、
「せめてこのぐらいはさせてくれ」
なんて、おもったことがない。

先日の夕ごはんでは、
いつものように録画した番組をみていると、
チェンマイのネコたちがでてきた。
岩合さんの「世界ネコ歩き」だ。
旅行ちゅう、わたしが毎日のようにでかけていた市場がうつり、
そこでのネコたちのうごきをカメラがつたえている。
おもわず「この市場は・・・」と配偶者にはなしかけると、
ちらっと画面をみただけで無視されてしまった。
ひとりごとだとおもったのだろう。
神経を逆なでされたわたしは、
ますます相手への気づかいをむつかしくおもう。
わが家の場合、録画でみるネコたちのほうが、
ずっとおしゃべりだ。

posted by カルピス at 10:06 | Comment(0) | 配偶者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月01日

配偶者への誕生日プレゼントにタブレット末端

12月1日は、配偶者の誕生日。
いつもはくるしまぎれに音楽CDでごまかしたり、
福袋みたいに焦点のさだまらない、
数で勝負のプレゼントだったりするけど、
ことしはしばらくまえから 有力な案をあたためていた。
タブレット型端末だ。
配偶者は、いまだにガラケーをつかっており、
パソコンももってない。
SNS難民のわたしがいうのもなんだけど、
このままいくと、彼女は立派なネット難民になる。
ネットをみると、手ごろな値段でタブレットがでていた。
8インチなので、幅ひろい用途にたえるだろう。
きいたことのない中国製品だけど、
OSはアンドロイドなので ふつうにつかえるはずだ。

村上春樹さんの短編「ファミリー・アフェア」に、
いささか素行に問題のあるお兄さんが、
妹とその交際相手にシャブリをかう場面がある。
 僕は近所のスーパーマーケットに行ってメモにあるすべての買い物をすませ、酒屋に寄って4500円のシャブリを買った。シャブリは僕から婚約した二人へのプレゼントのつもりだった。そういうことって、親切な人間にしか思いつけない。

わたしはこのお兄さんがすきで、
いつかこのセリフをつかってみたかった。
絶好のチャンスをとらえ、ここで高々と宣言したい。
結婚相手にタブレットをおくるなんて、
親切な配偶者しかおもいつかない。
シャブリ2本分の値段しか しなかったし。

プレゼントだけど、最初にいくつか設定をすませないと、
ネットにうとい配偶者はスタートでつまづくだろう。
Wi−Fiのパスワードと、
グーグルメールの登録をわたしがうちこんでから、
朝はやい時間にタブレットを手わたした。
「ほしかった」と、
配偶者から おもいがけないストレートな感想がかえってきた。
いつもだと、こんな率直なものいいをしないひとなので、
ほんとうに「ほしかった」のだろう。
いいプレゼントができたようで、わたしも安心する。
タブレットがあればSNSにつなげられるので、
あつかいになれたら そのあとスマホをはじめてもいいし、
やってみてたのしくなければ それはそれでいい。
ネットができる環境にあるかどうかが大切で、
確信的なネット難民になるかどうかは、
配偶者のかんがえしだいだ。
わたしと彼女がSNSでつながる状況はまずこないだろうけど、
いつも頭をなやます誕生日プレゼント問題を、
ことしはなんとかクリアーできて よろこんでいる。

posted by カルピス at 21:28 | Comment(0) | 配偶者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月23日

「いい夫婦」がなんだかんだ

きのうはクッキー班のメンバーといっしょにイオンへ。
クッキーの材料をかうためだ。
11月22日は「いい夫婦の日」として
カーネーションのプレゼントがすすめてあった。
11月22日なので、「いいふうふ」というゴロあわせだ。
いろんなことをかんがえるものだ、と感心し、
でも、まえにみたことがあるような気もする。
それにしても、なんでカーネーションなのだろう。

いっしょにあるいていたメンバーから、
わたしの家、というか夫婦は、いい夫婦ですか?と、
ストレートにたずねられた。
いまさら、この手の質問にドギマギしたりはしない。
ひらきなおりというか、よけいなお世話というか、
問題の所存はそんなところにはない、と喝破しているからだ。
というのはウソで、
わたしたちは、まったく議論の対象にならない
いきづまったカップルなので、
こうした質問は そもそも成立しない。
もうずいぶんまえに、いいか わるいかは、つきぬけたようだ。

「いい夫婦の日」と、いいだした側にしても、
なにかの冗談だったのではないか。
そして、ちいさな親切と。
「いい夫婦の日」なんてありえない問題に、
あえて あなたたちはいい夫婦ですかと、
すでにわすれさった概念があるのをおもいださせてくれる。

わたしと配偶者は、おなじ家にくらしているけれど、
おたがいの配慮による精密な連携プレーにより、
ほとんど顔をあわせることもなく、
まるで2世帯住宅にくらしているかのようだ。
何年も行動パターンを観察しあってきた成果として、
朝のいそがしい時間も、おたがいがじょうずにすれちがい、
出勤への準備をしゅくしゅくとすすめる様式が確立されている。
であいのないところに、問題はうまれず、ストレスも生じない。
「いい夫婦」であろうとすれば、
それなりのプレッシャーもあるだろうが、
そこは20年以上のつきあいにより、暗黙の了解がいつしかうまれ、
いくつもの難問を、なんなくスルーしている。
無理してすれちがうのではなく、
自由にふるまっていながら、なおかつ別の世界、というのがミソだ。

問題ありすぎ、とつっこみたいひともいるかもしれないけど、
100%うまくいっていると、本気でひらきなおっている。
ここらへんは、いま話題になっている加計学園や
森友学園の問題とよくにている。
安倍さんは、もしかしたら本気で「問題ない」とおもっているのに、
世間一般的には問題だらけだったりして。

まえは、もうすこしジタバタしていたけど、
いつしか このままいくしかないのだろうな、と
さとりをひらくまでにいたっている。
ひとには寿命があり、いつまでも30代ではいられない。
歳をとれば、それなりの達観があるので、
わかい夫婦のみなさんは、心配しなくても大丈夫だ。
何万年もの人類の歴史や、宇宙が誕生した奇跡をおもうと、
わたしたちがいい夫婦かどうかなんて、
まったくとるにたらない問題でしかない。
「わたし」を大切にしすぎないのがコツなのかも。

posted by カルピス at 10:57 | Comment(0) | 配偶者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月29日

まるで福袋のような 配偶者への誕生日プレゼント

むすこの誕生日になにをおくるかを、
毎年ブログにかいてきたけど、
今回の対象はむすこではなく配偶者。
むすこが大学生になり、家からでたためで、
アパートでくらすむすこへプレゼントをおくるほど
わたしは親切な親ではない。

で、ことしの問題は、
配偶者になにをプレゼントするか、となった。
おたがいの誕生日に、ささやかなプレゼントをおくるのが、
アリバイ工作のように ほそぼそとつづいている。
わたしの誕生日には、パジャマとTシャツをくれるが定番で、
配偶者の誕生日は、日がせまってから
くるしまぎれのおもいつきで なんとかやりすごしている。
ずっとまえは花束とワインに固定されていた。
まだ保育園にかよっていたむすこが手わたすと、
それなりにプレゼントらしくなる。
そのあとになると、音楽のCDでごまかす手をおぼえる。
80年代のなつかしの曲ベスト、みたいな
おおざっぱなCDがおおい。
ちなみに、きょねんはビートルズの
『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブバンド』と、
ハーブのオイルバーナーをプレゼントした。
これは、コンセントにつけると、
ハーブオイルがあたためられて
いいかおりをたのしめるというもの。

ことしのプレゼントもにたような構成になった。
ハーブショップでかった2種類のせっけんと
ハーブティーのつめあわせ。
それだけではさみしい気がして、
こんや サザン・オールスターズの『稲村ジェーン』をかってきた。
福袋じゃないんだから、
もっとスマートにきめればいいとおもいつつ、
自信がないものだから 量(あるいは数)でごまかしてしまいがちだ。
いったいなにをおくられたら 彼女はよろこんでくれるだろう。
ながねんいっしょにくらしていながら、
配偶者にだれかすきなアーティストがいたのかさえ はっきりしない。
車を運転するときは、音楽をきくというよりも、
ボリュームをしぼり、BGMとして
これまでにわたしがおくったCDをきいているようだ。
稲村ジェーン.jpg
『稲村ジェーン』にしたのはジャケットがたのしそうだったから。
桑田佳祐がすきと、いっていたような いないような、
かすかな記憶が頭をかすめた。
いじわるなみかたをすれば、
せっけんは、お風呂でわたしもつかえるだろうし、
CDだってあとからかりれば わたしのiTunesにとりこめる。
そもそも配偶者は、鼻がまったくきかないので、
そういうひとにむけてかおりをたのしむプレゼントは
いったいなんの意味があるだろう。
わたしにしてみたら、ハーブショップでプレゼントをさがすのは、
いやがらせをしているわけでは もちろんなく、
そのつど彼女の鼻がきかないのをわすれているからだ(ほんとうに)。
鼻がきかないというと、残念な世界におもえるけど、
かんがえてみると へんなにおいをかがなくていいわけだから、
ハンディキャップとはきめつけられない。
たとえば家族のだれかがおならをしても、
音さえたてなければ配偶者にはばれないわけで、
いっしょにくらすわたしの 正直な感想としては、
たすかることのほうがおおい。

まるで福袋のようなしまらないプレゼントとはいえ、
ことしもなんとかきりぬけられそうだ。
内容はともかく、こうやって
相手を気にかけるのが大切なわけで、
しばらくは地雷をふまずにくらせるのではないか、たぶん。

posted by カルピス at 22:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 配偶者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする