2017年12月01日

配偶者への誕生日プレゼントにタブレット末端

12月1日は、配偶者の誕生日。
いつもはくるしまぎれに音楽CDでごまかしたり、
福袋みたいに焦点のさだまらない、
数で勝負のプレゼントだったりするけど、
ことしはしばらくまえから 有力な案をあたためていた。
タブレット型端末だ。
配偶者は、いまだにガラケーをつかっており、
パソコンももってない。
SNS難民のわたしがいうのもなんだけど、
このままいくと、彼女は立派なネット難民になる。
ネットをみると、手ごろな値段でタブレットがでていた。
8インチなので、幅ひろい用途にたえるだろう。
きいたことのない中国製品だけど、
OSはアンドロイドなので ふつうにつかえるはずだ。

村上春樹さんの短編「ファミリー・アフェア」に、
いささか素行に問題のあるお兄さんが、
妹とその交際相手にシャブリをかう場面がある。
 僕は近所のスーパーマーケットに行ってメモにあるすべての買い物をすませ、酒屋に寄って4500円のシャブリを買った。シャブリは僕から婚約した二人へのプレゼントのつもりだった。そういうことって、親切な人間にしか思いつけない。

わたしはこのお兄さんがすきで、
いつかこのセリフをつかってみたかった。
絶好のチャンスをとらえ、ここで高々と宣言したい。
結婚相手にタブレットをおくるなんて、
親切な配偶者しかおもいつかない。
シャブリ2本分の値段しか しなかったし。

プレゼントだけど、最初にいくつか設定をすませないと、
ネットにうとい配偶者はスタートでつまづくだろう。
Wi−Fiのパスワードと、
グーグルメールの登録をわたしがうちこんでから、
朝はやい時間にタブレットを手わたした。
「ほしかった」と、
配偶者から おもいがけないストレートな感想がかえってきた。
いつもだと、こんな率直なものいいをしないひとなので、
ほんとうに「ほしかった」のだろう。
いいプレゼントができたようで、わたしも安心する。
タブレットがあればSNSにつなげられるので、
あつかいになれたら そのあとスマホをはじめてもいいし、
やってみてたのしくなければ それはそれでいい。
ネットができる環境にあるかどうかが大切で、
確信的なネット難民になるかどうかは、
配偶者のかんがえしだいだ。
わたしと彼女がSNSでつながる状況はまずこないだろうけど、
いつも頭をなやます誕生日プレゼント問題を、
ことしはなんとかクリアーできて よろこんでいる。

posted by カルピス at 21:28 | Comment(0) | 配偶者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月23日

「いい夫婦」がなんだかんだ

きのうはクッキー班のメンバーといっしょにイオンへ。
クッキーの材料をかうためだ。
11月22日は「いい夫婦の日」として
カーネーションのプレゼントがすすめてあった。
11月22日なので、「いいふうふ」というゴロあわせだ。
いろんなことをかんがえるものだ、と感心し、
でも、まえにみたことがあるような気もする。
それにしても、なんでカーネーションなのだろう。

いっしょにあるいていたメンバーから、
わたしの家、というか夫婦は、いい夫婦ですか?と、
ストレートにたずねられた。
いまさら、この手の質問にドギマギしたりはしない。
ひらきなおりというか、よけいなお世話というか、
問題の所存はそんなところにはない、と喝破しているからだ。
というのはウソで、
わたしたちは、まったく議論の対象にならない
いきづまったカップルなので、
こうした質問は そもそも成立しない。
もうずいぶんまえに、いいか わるいかは、つきぬけたようだ。

「いい夫婦の日」と、いいだした側にしても、
なにかの冗談だったのではないか。
そして、ちいさな親切と。
「いい夫婦の日」なんてありえない問題に、
あえて あなたたちはいい夫婦ですかと、
すでにわすれさった概念があるのをおもいださせてくれる。

わたしと配偶者は、おなじ家にくらしているけれど、
おたがいの配慮による精密な連携プレーにより、
ほとんど顔をあわせることもなく、
まるで2世帯住宅にくらしているかのようだ。
何年も行動パターンを観察しあってきた成果として、
朝のいそがしい時間も、おたがいがじょうずにすれちがい、
出勤への準備をしゅくしゅくとすすめる様式が確立されている。
であいのないところに、問題はうまれず、ストレスも生じない。
「いい夫婦」であろうとすれば、
それなりのプレッシャーもあるだろうが、
そこは20年以上のつきあいにより、暗黙の了解がいつしかうまれ、
いくつもの難問を、なんなくスルーしている。
無理してすれちがうのではなく、
自由にふるまっていながら、なおかつ別の世界、というのがミソだ。

問題ありすぎ、とつっこみたいひともいるかもしれないけど、
100%うまくいっていると、本気でひらきなおっている。
ここらへんは、いま話題になっている加計学園や
森友学園の問題とよくにている。
安倍さんは、もしかしたら本気で「問題ない」とおもっているのに、
世間一般的には問題だらけだったりして。

まえは、もうすこしジタバタしていたけど、
いつしか このままいくしかないのだろうな、と
さとりをひらくまでにいたっている。
ひとには寿命があり、いつまでも30代ではいられない。
歳をとれば、それなりの達観があるので、
わかい夫婦のみなさんは、心配しなくても大丈夫だ。
何万年もの人類の歴史や、宇宙が誕生した奇跡をおもうと、
わたしたちがいい夫婦かどうかなんて、
まったくとるにたらない問題でしかない。
「わたし」を大切にしすぎないのがコツなのかも。

posted by カルピス at 10:57 | Comment(0) | 配偶者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月29日

まるで福袋のような 配偶者への誕生日プレゼント

むすこの誕生日になにをおくるかを、
毎年ブログにかいてきたけど、
今回の対象はむすこではなく配偶者。
むすこが大学生になり、家からでたためで、
アパートでくらすむすこへプレゼントをおくるほど
わたしは親切な親ではない。

で、ことしの問題は、
配偶者になにをプレゼントするか、となった。
おたがいの誕生日に、ささやかなプレゼントをおくるのが、
アリバイ工作のように ほそぼそとつづいている。
わたしの誕生日には、パジャマとTシャツをくれるが定番で、
配偶者の誕生日は、日がせまってから
くるしまぎれのおもいつきで なんとかやりすごしている。
ずっとまえは花束とワインに固定されていた。
まだ保育園にかよっていたむすこが手わたすと、
それなりにプレゼントらしくなる。
そのあとになると、音楽のCDでごまかす手をおぼえる。
80年代のなつかしの曲ベスト、みたいな
おおざっぱなCDがおおい。
ちなみに、きょねんはビートルズの
『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブバンド』と、
ハーブのオイルバーナーをプレゼントした。
これは、コンセントにつけると、
ハーブオイルがあたためられて
いいかおりをたのしめるというもの。

ことしのプレゼントもにたような構成になった。
ハーブショップでかった2種類のせっけんと
ハーブティーのつめあわせ。
それだけではさみしい気がして、
こんや サザン・オールスターズの『稲村ジェーン』をかってきた。
福袋じゃないんだから、
もっとスマートにきめればいいとおもいつつ、
自信がないものだから 量(あるいは数)でごまかしてしまいがちだ。
いったいなにをおくられたら 彼女はよろこんでくれるだろう。
ながねんいっしょにくらしていながら、
配偶者にだれかすきなアーティストがいたのかさえ はっきりしない。
車を運転するときは、音楽をきくというよりも、
ボリュームをしぼり、BGMとして
これまでにわたしがおくったCDをきいているようだ。
稲村ジェーン.jpg
『稲村ジェーン』にしたのはジャケットがたのしそうだったから。
桑田佳祐がすきと、いっていたような いないような、
かすかな記憶が頭をかすめた。
いじわるなみかたをすれば、
せっけんは、お風呂でわたしもつかえるだろうし、
CDだってあとからかりれば わたしのiTunesにとりこめる。
そもそも配偶者は、鼻がまったくきかないので、
そういうひとにむけてかおりをたのしむプレゼントは
いったいなんの意味があるだろう。
わたしにしてみたら、ハーブショップでプレゼントをさがすのは、
いやがらせをしているわけでは もちろんなく、
そのつど彼女の鼻がきかないのをわすれているからだ(ほんとうに)。
鼻がきかないというと、残念な世界におもえるけど、
かんがえてみると へんなにおいをかがなくていいわけだから、
ハンディキャップとはきめつけられない。
たとえば家族のだれかがおならをしても、
音さえたてなければ配偶者にはばれないわけで、
いっしょにくらすわたしの 正直な感想としては、
たすかることのほうがおおい。

まるで福袋のようなしまらないプレゼントとはいえ、
ことしもなんとかきりぬけられそうだ。
内容はともかく、こうやって
相手を気にかけるのが大切なわけで、
しばらくは地雷をふまずにくらせるのではないか、たぶん。

posted by カルピス at 22:24 | Comment(0) | TrackBack(0) | 配偶者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月23日

サッポロ一番みそラーメンをめぐる DV的ふかいかなしみ

わたしの敬愛するいしいひさいち氏が、
なにかの機会に
「ラーメンは、やっぱりサッポロ一番みそラーメンでしょう」
ときっぱり(たしか)発言していたのをおもいだし、
スーパーのやすうりで 5袋いり298円をかった。
いざというときのストックとして
ダンボールにいれておく。
きのうのひるごはんは、めぼしいのこりものがなかったため、
そのみそラーメンをとりだして おなかをみたした。
わたしの大切なみそラーメンだけど、
家族のために のこり4袋は食器棚にいれておいた。

ところが夜その棚をみると、みそラーメンがない。
配偶者によって、電話のちかくという
ラーメンとしたらありえな場所にうつされていた。
ここはわたしのスペースなのだから、
あんたがかってにみそラーメンなんかおくんじゃないという、
配偶者からのつめたいメッセージだ。
わたしのみそラーメンを、なんだとおもっているのか。
まったく友好的でない態度にわたしはショックをうけ、
4袋のみそラーメンを、災害用ストックのダンボールにもどした。
なんという屈辱感。

彼女は自分がきめた場所に、ラ王や正麺など、
いまふうのおいしいインスタントラーメンをおきたいのだ。
サッポロ一番みそラーメンは、貧乏な学生や、
いしいひ氏のこのみからはただしいラーメンでも、
おいしさだけをもとめる余裕のない選択では はじかれやすい。
わたしはしかし、ほんもののラーメンに似せた
おいしいラーメンに、なんとなく反発をかんじてしまう。
わたしがたべたいのはインスタントラーメンであって、
ラーメンにちかづこうとするインスタントラーメンではない。

みそラーメンにこだわるのはただのノスタルジーで、
わたしがそれだけふるい人間なのだろう。
小学生のころ、学校からかえると毎日のようにおやつとして
日清出前一丁をつくってたべていたのが
わたしとインスタントラーメンとの関係を決定づけた。
生ラーメンもおいしいけれど、
これは別の種類のラーメンであり、
インスタントラーメンといえばチープな袋めんにとどめをさす。
みそラーメンがはたしてきた歴史的なやくわりをおもえば、
インスタントラーメンおき場から みそラーメンをはじくなんて
あまりにもひどい。

けさの朝日新聞で、ドメスティックバイオレンスをとりあげていた。
DV防止法が成立してから15年たつという。
被害の1割は男性なのだそうで、
記事ではめずらしく男性のケースに焦点をあてている。
ということと、みそラーメンのあつかいには
もちろんなんの関係もないけれど、
なんとなく ふかい共感をおぼえながら記事をよんだ。

posted by カルピス at 13:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | 配偶者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年05月15日

大衆は身ぢかにいた

まえの職場でおたよりをつくっていたとき、
まじめな記事ばかりではおもしろくないので、
ある20代の女性職員には 介護とか仕事からまったくはなれた
私的な生活についてかいてもらっていた。
とくべつするどい考察というのではなく、
かといってセキララすぎる日常でもない。
どちらかというと、きょうもげんきだビールがうまい、みたいなかるめのやつ。
「介護史上類をみないお気楽連載」がサブタイトルであり、コンセプトだ。

担当者としてわたしは家に原稿をもちかえり、
誤字脱字などをチェックする。
なにげなく、というか
こんな連載をのせるなんてクールでしょー、みたいに
配偶者にみせると、
「このひとはよくわかっている」と
ちからづよく断言されてしまった。

どうしてもかたくなりがちなおたよりを、
すこしでもやわらかく、という存在の記事だから、
りっぱなことはなにもかかれていない。
いや、そうじゃなくて
こんなお気楽な記事もいいでしょ?といっても
ものごとがよくわかっている いい記事としての評価を
配偶者はゆずらない。
予想外の感想だ。そんなよみ方もあるのか。

ためしにほかの職員の記事もよんでもらった。
おたよりによくある、活動のようすとか、
研修報告などの わりとまじめな記事。
それらについて配偶者は、「このひとは、わかっていない」という。
配偶者は、あまり本をよむほうではなく、
どちらかといえばベストセラーや話題になった本に反応するタイプだ。
『スティーブ・ジョブズ』や『東京タワー』、最近では『鹿の王』など。
だからといって彼女の意見をかろんじるのではない。
「このひとはよくわかっている」は、
わたしにはおもいもしない指摘であり、新鮮だった。
彼女がお気楽記事をたかく評価したのは、
それをかいた職員の資質を
なにかしらかぎつけたのかもしれない。
わたしたちは、配偶者みたいなひとにむけて
おたよりをつくっているのであり、
想定すべき読者が、こんな身ぢかにいたのだ。

かいた記事がどんなふうにうけとめられるかは、
ほんとうに予想もつかない。
自分のかんがえが、そのままつたわるなんて
かんたんにおもわないほうがいい。
お気楽記事をかいた職員に、
配偶者の感想をつたえると、まんざらでもないようだった。
いっぽう的に「お気楽」だときめつけて、
おたよりのやわらかさを自慢していた
自分のあさはかさをおもった。

posted by カルピス at 14:25 | Comment(0) | TrackBack(0) | 配偶者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする