2021年11月05日

『天国でまた会おう』(ピエール=ルメートル)がすばらしい

『天国でまた会おう』
(ピエール=ルメートル・平岡敦:訳・ハヤカワ文庫)

ルメートルの作品は、『その女アレックス』
・『悲しみのイレーヌ』など、
これまでによんだ4冊すべてがおもしろかった。
この『天国でまた会おう』もまたすばらしい。
はじめはすこしとっつきにくいけど、
状況設定がととのい、登場人物のひととなりがわかってくると、
おもしろさがどんどんましてくる。
悪役にどんな罰がくだるのかをみまもりながら、
しかしいったいこのさきどう展開していくのかがみえず、
よみすすめるのがこわくなってくる。
まだよみおえていないけど、のこりあと80ページ。
極上のラストがまっているのはまちがいないだろう。
ネットでのレビューをみると、
あまりいい感想がかかれていないけど、
いかにレビューがあてにならないかの好例だろう。
この本がただしく評価されないのを不思議におもう。
今夜またこの本にとりかかるのがたのしみだ。

posted by カルピス at 11:28 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月04日

「クラシック音楽」の特集をしてください、がすごい

ラジオをきいていたら、 番組あてのメールが紹介された。
クラシック音楽に興味をもちはじめたので、
クラシックの特集をしてほしい、という内容だ。
「わたしがすきなのは、チャイコフスキーと
ブルックナーとシベリウスです」だという。
ものすごくおおざっぱなリクエストなのがおかしい。
いったいどうやって巨大な森をかたちづくっている
「クラシック音楽」を特集すればいいのだろう。

あまりにもとらえどころのないリクエストなので、
いったいなにをかんがえているのか、なんて
ついばかにしてしまったけど、すこしかんがえると、
わたしだってにたようなものだと気づく。
ジャズをこのごろよくきくようになったけど、
どんな楽器がつかわれているかさえしらないし、
ビバップがなんなのかもわからない。
有名なジャズミュージシャンの、名前だけはしっていても、
だれがどんな楽器をつかうのか、
あたまのなかでごちゃまぜになっている。
だれがすきなのかさえ、わからない。
ただかっこよさそうな雰囲気にひかれているだけだ。
さすがに、「ジャズの特集をしてください」
とメールをだしたりしはしないけど、
初心者のわたしにもわかりやすい
入門編のような特集があったら たすかるだろう。
「わたしがすきなのは、チャイコフスキーと
ブルックナーとシベリウスです」
みたいなリクエストができるようになりたい。

posted by カルピス at 21:47 | Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月18日

「チャリダー」での自転車キャンピング

チャリダー(NHK-BS)で、自転車でのキャンプをとりあげていた。
30年ちかくまえに、一條裕子さんの『自転車キャンピング』をよみ、
自転車での旅行をこころざしたわたしなので、
ロードレースやヒルクライムとはべつの興味をかきたてられた。

番組では、カメラマンの渡部さんと、おわらい芸人のはなさんが
100キロのコースを、キャンプ場で1泊しながらはしる。
まず、自転車でのキャンプになれているガイドから、
装備や荷物のつみ方をおそわり、それぞれ軽量化をめざしながら
自転車にバックをつみこんでいく。
渡部さんのテントは、いわゆるツェルトで、250グラムしかない。
居住性はわるそうだけど、渡部さんは
「ぼくの家だ」といって満足そうだ。

軽量化するといっても、ふたりの自転車は、
かなりの量の荷物をのせている。
いぜんのわたしだったら、「キャンプごっこ」のほうに意識がむかい、
キャンプらしい装備にこだわっただろうけど、
歳をとったせいか、いまはできるだけかるい荷物ではしりたい。
いくらかるくても、テントなんかもっていかないで、
雨と風をしのげて 野宿できる場所をさがす
(そこらへんは、「野宿野郎」の編集長、
かとうちあきさんの影響がおおきい)。
食事をつくるのにマキでかまどをつくるのはめんどくさいので、
ガソリンストーブのほうがいい。
汗をかいてはしったあとは、
まずお風呂にはいってさっぱりしたいところだ。

渡部さんとはなさんの自転車キャンピングは、
いまのわたしなら、まずやらないようなスタイルだけど、
おふたりともすごくたのしそうだった。
渡部さんは、いちにち外にいたことをよろこんでいる。
はなさんも、アシストつき自転車とはいえ、
きゅうな坂道をのぼりきった自分に感動していた。
自転車でのキャンプを、なにもしらないふたりだから、
よけいにたのしい体験となったのだろう。
ソフィスティケートされたわたしには、味わえないよろこびであり、
おふたりの率直なよろこび方がいいかんじだった。
あそんだ、という充実感が大切なのだろう。

posted by カルピス at 20:53 | Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月09日

「タモリのジャズ・スタジオ」

ユーチューブで「タモリのジャズスタジオ」をみる。
1995年に4夜だけ放送されたという番組らしい。
タモリさんと大西順子さんが司会で、
第1回は林家こぶ平さんと景山民生さんが登場する
(あとから糸井重里さんも)。
https://www.youtube.com/watch?v=oZxsZ3N-TPs&list=PLONSE0BdfqeLcsh2_vwcwYFpSv6lrffMW
ジャズというとむつかしい世界におもえるけど、
4人のおしゃべりをきいていると、俗なはなしもおおく、
安心して番組をたのしめる。
たとえば。景山さんが学生のころ、
ダンスパーティーで演奏すると、1人2500円の入場料で、
けっこうなおこづかいかせぎになったという。
タモリさんは司会と演奏をあわせ5000円もらえ、
それをひと夏つづけると、
つかい道にこまるぐらいお金がたまったそうだ。
いまのジャズミュージシャンよりいいんじゃないですか、
と大西さんがいう。
ジャズミュージシャンは、たとえばライブハウスの場合、
きたお客さんの数でギャラがきまるといい
(寄席といっしょ、とこぶ平さんがいう)、
ひとがはいらないと数百円なんてこともあるらしい。
こんな、お金のはなしをさらっときける番組はめずらしい。
俗なはなしだけではもちろんなく、
セロニアスモンクのすごいことは、とタモリが大西さんにたずねると、
「異常にスイングしてますね」「ムダがないですね」と
プロの視点からのはなしもきける。
タモリさんをはじめ、大西さん、こぶ平さんなど、
ながねんジャズにひたってきた ひとのあついおしゃべりがすばらしい。

ジャズは、あまりにも森がふかくひろいので、
どこからきいていいのか 初心者にはわからない。
わたしはクラシック音楽に「のだめ」からはいったくちなので、
ジャズに関しては、「タモリのジャズ・スタジオ」を参考にしようか。
音だけでなく、映像があると、こういうときにすごくたすかる。

posted by カルピス at 20:59 | Comment(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月04日

ブログを10年つづけたものの

いちにちもやすまずブログをかこうと
この10年間、まいにち記事をかいてきた。
先月の9月4日がその10年目で、さいわい病気もケガもせず、
精神的にもひとまず安定した期間をすごし、
なんとかぶじにゴールしたことをよろこんでいる。

ゴールしたあと、ブログをどうするのか、自分でもきめかねていた。
10年つづけた日課をはなれるのがさみしくて、
いつまでもかきつづけるのでは、とおもっていたのに、
そんなにかきたいという気がわいてこない。
まだくぎりをつけてから1ヶ月なのだから、
そのうちかきたくなるだろうと、
いまはむりしてかかないことにしている。
ブログをかかないと、時間のやりくりがすごくらくだ。
のみ会があっても、記事をどうするか、
なんてかんがえなくていいし、
夜の自由時間もまえより1時間ちかくながくなった。
なによりも、かかないことをぜんぜんさみしいとおもわない。
意外とおわかれはあっさりしたものだった。
ブログを10年つづけた記念に、MacBook Airをかった。
せっかくの Airなのに、ブログをかかなければ、
パソコンをあまりつかわないのがわかった。
オーヘンリーの短編みたいに、すれちがいのかいものとなり、
せっかくのごほうびが からふりになったのは残念だ。

ブログを10年つづけたのは、いい経験だったとおもう。
10年つづけたのだから、その気になったら
いくらでも記事はかけるだろう。
ブログをかきはじめてしばらくすると、
10年つづけることが目標となり、
たいして内容のない記事がおおかったから、
ほかのひとにとれば、なんじゃらほいのブログでしかない。
おわってみれば、あーおもしろかった、
という気のながいあそびだった。

posted by カルピス at 21:32 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月18日

『挑発する少女小説』(斎藤美奈子)

『挑発する少女小説』(斎藤美奈子・河出新書)

9作の児童文学を、「挑発する少女小説」という視点から
文芸評論家の斎藤美奈子さんがよみといていく。
9作は以下のとおり。

・『小公女』(バーネット)
・『若草物語』(オルコット)
・『ハイジ』(シュピーリ)
・『赤毛のアン』(モンゴメリ)
・『あしながおじさん』(ウェブスター)
・『秘密の花園』(バーネット)
・『大草原の小さな家』シリーズ(ワイルダー)
・『ふたりのロッテ』(ケストナー)
・『長くつ下のピッピ』(リンドグレーン)

どれも名前はしってるとはいえ、ダイジェスト版を
よんだだけのものがおおい。
『ハイジ』と『赤毛のアン』は、
アニメをみて「よんだ」ことにしている。
ほんとうに「よんだ」のは、
『大草原の小さな家』シリーズと『長くつ下のピッピ』だけだ。

さすがは斎藤さんの本で、ストーリーにこめられた「挑発」を、
きれいにときあかしてくれており、
原作をよんでいなくても興味ぶかい読書となった。
たとえば、『秘密の花園』では、
主人公の少女メリーが、お屋敷にすむ
病弱な男の子 コリンをあるけるようにする場面がある。
部屋にこもってばかりいたコリンを、秘密の庭につれだし、
庭をつくりなおす仕事をすることで、
健康をとりもどしていくのだけど、
「歩けることは正しいことか」という視点を
斉藤さんは紹介している。

 しかし、じゃあ一生歩けない子はどうなのか。(中略)『ハイジ』や『秘密の花園』の根底にあるのは「健全な精神は健全な肉体に宿る」という障害者差別を正当化しかねない思想でしょう。自然の力で子どもは健康を取り戻すという、一見正しいように思える思想とも、それは地続きです。

そして斉藤さんは、荒唐無稽なピッピの言動に、彼女の孤独をみる。
 夜になれば父や母のいる家に帰るトミーとアンニカ。しかし、ピッピはいつもひとり。完全な自由と独立を手にした少女の孤独はそのぶん深い。存在をアピールしたくて突飛な行動に出てしまうのだともいえます。

どの論考も、斉藤さんがこれらの小説をどうよんだかであり、
けして正解とはかぎらない。わたしはべつのよみ方をしてもいい。
それでもこれだけトリックやポイントが整理されると
わかったつもりになる。ここちよい、おすすめの一冊だ。

posted by カルピス at 16:38 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月16日

定年後の読書について

『本の雑誌 10月号』の特集は、
「定年後は本当に本が読めるのか!?」。
たのしみにしていた特集だけど、
老後の読書として参考になるものはなかった。
いろんなひとが自分の体験をかいているものの、
老眼でちいさな字がよみにくいとか、
気力・体力がつづかない、など、
よめない理由はどれもきいたことのあるものばかりだ。
そして、退職すれば本をよむ時間がふえそうなのに、
あんがいよめないものだ、という意見もおおい。
自由な生活になれていないひとが、
きゅうに自由な時間をあたえられても
なれるにはいくらか時間がかかるだろう。
なにか生活のリズムをつくれる習慣があったほうが、
定年後をスムーズに生きられそうだ。
週に数時間の仕事をいれてもいいし、
運動で頭とからだのスイッチをいれるのもいい。
家でじっとしていたら、グダグダの生活になってしまうので、
たとえば図書館までの散歩をいれるとか。
頭をうごかすには、まずからだをうごかしたほうがいいというのが
これまでの経験からわかってきた。
ジョギングや筋トレほどはげしい運動でなくても、
家のそうじくらいのかるい運動で、確実に頭がきりかわる。
そうじさえめんどくさいときは、歯みがきをする。
とにかくなにかアクションをおこせば、やる気がでてくる。

定年後の読書として、具体的にあげていくと、
わかいころおもしろくよんだ本の再読がおおい。
・ホーンブロワーシリーズ
・梅棹忠夫著作集
・ジョン=アービングの作品
・北上次郎さんのおすすめミステリー
時間がいくらでもあるとおもっていると、
夏やすみの宿題みたいに、いつまでも手をつけないだろうから、
読書計画をたて、着実によみすすめていく。
仕事をやめたのだから、のんびりよめばいい、
なんていってたら、みのりある読書生活はおくれないだろう。
いちどよい習慣ができてきたら、あとはすんなりいくのではないか。

posted by カルピス at 21:34 | Comment(0) | 本の雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月06日

すべてに洗練されたMacBook Air13インチ(M1)

注文していたMacBook Airがとどく。
つぎのやすみの日に設定しようとおもっていたけど、
ふたをあけたら起動してしまい、そのまま設定にすすむ。
おどろいたのは、ほんの15分ほどで
まえのパソコンから70ギガのデーター移行ができたことだ。
これまでの経験では、データー移行は何時間もかかるし、
とちゅうで中止になることもよくあり、
おそるおそる つぎの日の朝をむかえたものだ。
今回は、歯みがきをしているあいだに
「移行が終了しました」となった。
なにかのまちがえかとおもったけど、
まえのパソコンの画面がそのままひきつがれ、
すべてがおなじ環境でつかえてとても気もちいい。
ブラウザのブックマークもおなじで(しつこい!)、
たった15分で ほんとうにすべてをひっこしできたようだ。

これまでつかっていたのは、3年まえにかった
MacBook Airの13インチだから、
おなじパソコンをもとめたことになる。
まだ まえのがじゅうぶんつかえるけど、
もしきゅうにこわれたら、と理由をつけた。
デザインがかわってないとはいえ、
まえのAirよりひとまわりちいさくなった。
モニターは13インチでいっしょなのだから、
よぶんなスペースがけずられたということになる。
おもさはほとんどかわらないので、
ちいさくなった分、かえっておもいような気がする。
キーボードは、まえの3インチのほうがうちやすい。
まあ、しばらくつかえばなれるだろう。
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【したが旧MacBook Air13インチ】

職場の同僚2人が、たてつづけにマックをかった。
ひとりは2011年型のiMac(中古)で、もうひとりは
MacBook Pro13インチだ。
ふたりとも、わたしにアドバイスをもとめたので、
いまマックをかうならMacBook Air13インチの一択だとこたえた。
けっきょくAir にしたのはわたしだけだ。
ひとによってつかい方がちがうのだから、
iMacやMacBook Proがわるいわけではないけど、
わたしは自分の選択に 100%満足している。
きょうは仕事のあと家にかえるのがたのしみだった。
ワクワクしたこの気分を味わうのはひさしぶりだ。

posted by カルピス at 21:29 | Comment(0) | パソコン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月04日

『子の無い人生』(酒井順子)「負け犬」につづく、「子ナシ族」の発見

『子の無い人生』(酒井順子・角川文庫)

酒井さんおとくいの、かるいエッセイかとおもったら、
かずある著作のなかで 代表作にもあげられる すぐれた作品だった。
『負け犬の遠吠え』で、30以上(のちに35歳と訂正)、
未婚・子なしを「負け犬」と定義した酒井さんに、
結婚しても子どもがいない女性たちから、
「わたしたちも『負け犬では?』という声がよせられる。
当時は、子どもがいなくても 結婚しているのだから、
「勝ち犬」にきまっている、としていた酒井さんは、
歳をとるにつれ、しだいに
結婚しているかどうかよりも、子どもがいるかどうかのほうが、
人生の方向性におおきくかかわってくることに気づく。
酒井さんは本書で 子がないものを「子ナシ族」と名づけ、
その心理や老後についてさまざまな角度から分析している。
子どもがいなければ、自分が死んだとき、だれがみとってくれるのか。
子どもがいるか いないかは、介護、そしてみとりへとつづく問題だ。
「負け犬」からとうぜん生まれてくる「子ナシ族」の発見である。
こうしてみると、酒井順子さんは、
「負け犬」問題をとりあげるため、作家として
うでをみがいてきたひとにおもえてくる。
ことばづかいがまったくうまい。おもっていることを
絶妙なバランス感覚で表現するテクニックは 酒井さんならではだ。
「負け犬」「子ナシ族」問題を、これからどうとりあげていくのか、
酒井さんの著作をまちたい。

なぜ「子ナシ族」がうまれるかというと、
ひとつの要因は、男性が子どもをほしがらないから。
ほとんどの女性は結婚もしたいし、子供も欲しいと思っているもの。しかし男性と交際しても、相手が結婚したがらなかったり子供を欲しがらなかったりすることがしばしばあるのです。だというのに、日本で晩婚化問題や少子化問題を俎上に載せる時は、ほとんど「女性の問題」としてかたられるのであり、男性をどうにかしようという視点は多くない。

でも、どうにかしようとしても、
どうにもならないかも、と酒井さんはおもう。
「自分がしたいことを邪魔されたくないので、子供はいらない」
ときっちり宣言して子供を持たない男性というのは、実は思いやりが深いのかもしれません。大好きな趣味があるのに何となく恋愛もセックスもしたくなってつい結婚し、妻に対してもいい顔をしてつい子供を作ってしまい、結局は妻がうんざり顔で一人で子育てをする、というのとどちらがよいのか。

 「子ナシ族」は、子供が「授かりもの」であるということを、今も信じている人達です。タイミングがきたら、神様が授けてくださるはずだから、特にがっつかなくてもいいのではないか。・・・そんな感覚を持つ人達は、結婚に対しても妊娠に対しても、自分からアクションを起こさず、待ちの姿勢。遠くの空を眺めているうちに時が過ぎていた、ということなのではないか。

わかい世代のひとたちに、
こうした自分たちの姿を参考にしてほしい、と酒井さんはねがう。
ただまっているだけでは、結婚できないし、子どももさずからない。
とはいえ、どっちがしあわせかは、だれにもわからないから
いまのような晩婚化・少子化がすすんだわけだけど。

わたしは、成人したら結婚するもの、と
なんとなくおもっていたので、
その線にのってなんとなく結婚し、
その結果として子どもがひとりできた。
わたしがフツーだったというより、
わたしみたいな男でもいいとおもってくれた
配偶者に感謝するべきだろう。
わかい女性が、結婚したいのに、結婚しないまま
歳をとっていくのは なんとももったいない。
なんとか協力したいところだけど、
もしわたしがいま30代・独身だったとして、
結婚したがっている女性の対象になるかというと、
こんなお金のない男はあいてにされないわけで。
そこらへんの問題は、小倉千加子さんの『結婚の条件』にくわしい。
結婚の条件をかんがえるから 結婚できないのでは、
というのがわたしの意見だ。

posted by カルピス at 16:44 | Comment(0) | 酒井順子 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年09月03日

『マチズモを削り取れ』(武田砂鉄)

『マチズモを削り取れ』(武田砂鉄・集英社)

オリンピックをめぐっての女性軽視発言などで、
男性有利社会としての日本の体質が、
しばらくまえから問題視されるようになっている。
会社ではお茶をいれるのが女性の仕事だし、
家では家事のほとんどを女性がするようもとめる
目にみえない圧力がある。
なぜそんな社会がいつまでもかわらずにつづいているのか。

男性であるわたしは、男だからという理由だけで、
女性がいやなおもいをあじあわないよう
気をくばっているつもりだけど、じっさいのところどうなのか。
わたしのひとりよがりにすぎず、女性にとっては
ずいぶん不愉快な行動をとっているのかもしれない。
女性であることは、どうたいへんなのだろう。
本書のタイトルをみたとき、すぐにとりよせて、
自分のふるまいをチェックしたくなった。

本書は13章からなり、それぞれの章で、
女性がこうむっている不利益といかりをとりあげている。
たとえば第1章の「自由に歩かせない男」では、
混雑した通路に わざと女性にぶつかってくる男がいて、
女性はただあるいているだけで、こわいおもいをしているという。
そのほかの章では、電車にのればチカンがいるし、
トイレの便器は男たちがたちションでよごすし、
甲子園には「つれていって」とたのむしかなく、
女性が男性部員を「つれていく」ことはできない。
お寿司は男がたべるもので、人事権のおおくは男がにぎっている。
部活だけでなく、日本の社会はすみずみまで体育会的だし、
おおきな会社につとめる おじさんたちは、
自覚がないまま どれだけえらそーにふるまっているか、
などを、ひとつひとつほりさげている。
なぜこんなひどい社会がほったらかしにされているのだろう。
わたしもそうした男のひとりなのか。

ただ、それぞれの章にかかれている内容は、
はじめの数行をよめばわかるものがおおく、
あとは延々と、なぜそうなのかについての考察がつづく。
男たちのみかたをするわけではないけど、
わたしには いささかくどくおもわれた。
本書は基本的に、ずっとこんな感じだ。考えすぎないから、いまだにこんな感じなんだと思う。この本は、考えすぎてみよう、という本だ。

確信犯的に理窟っぽいつくりとなっているのだから、
そういう本だとおもってよむしかない。
わたしは女性に不愉快なおもいをさせているか?
ただいるだけでなにか利益をえてはいないか?
本書をよんでも、わたしの疑問はけっきょくとけなかった。

posted by カルピス at 20:12 | Comment(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする