2017年10月25日

またまた時事ネタ

先日おこなわれた選挙の結果について、
ネットや新聞にいろんな意見がのっている。
自民にとっていい結果だった、という論調だけでなく、
勝者はいない、というまとめかたもあった。

すこしまえにおこなわれた、
サッカー国際親善試合、日本対ハイチは、
「よかったのは、ベンチにいた選手」(ショーン=キャロル氏)
というコメントが、まとめとなるような試合だった。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171011-00010000-footballc-socc
まえの試合から選手を9人いれかえ、
選手交代も、6人の交代枠をぜんぶつかいきった。
ハリルホジッチ監督としては、
おおくの選手にチャンスをあたえたわけだし、
選手にしても、存在存在感をアピールする貴重な機会だった。
しかし、おおくの選手はいいところをみせられず、
それどころか、かえって印象をわるくしている。
「よかったのは、ベンチにいた選手」というコメントが
強烈な皮肉であるとともに、試合全体を的確にあらわしている。

選挙では、「勝者はいな」かったのだから、
ハイチ戦よりもまだひどい。
ショーン=キャロル氏は、さらに、
「W杯でこのようなパフォーマンスだったら相手は関係ないと思う」

とものべている。
戦術や采配を云々する以前の問題であり、
あのような内容では、どこがあいてでもまける。
この発言もまた、先日の選挙にあてはまる。
小池さん・前原さんは、だれが相手だろうと関係なく
かてない試合をしたのではないか。

サッカーにおいては、
たとえひとつの試合でアピールに失敗しても、
ながい目でみればいい経験をつめたといえるし、
そもそも 失敗がなければ成長はみこめない。
よくいわれるように、打席にたたなくては
ぜったいにホームランやヒットはうてない。
とはいえ、前原さんのたち位置は、そう単純ではなさそうだ。
おなじような失敗をなんどもくりかえすひとが、
これからどうやって所属する党をたてなおすのか、
あるいは、失敗が、とりかえしのつかない失敗となり、
永久にとどめをさされるのか。
これからのうごきをみまもりたい。

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2017年10月24日

きゅうにおもいたって夜あるいてみる

ひさしぶりにはれたので、
けさはあるいて出勤しようとおもった。
おもったのに、ずるずると時間がすぎてしまい、
あるいていたら、遅刻しそうだ。
けっきょく、いつものように自転車で職場へ。
なんだかこのごろ体調がよく、からだのすみずみまで
エネルギーがいきとどいているかんじ。
あるいたら、きっと気もちよかっただろうと、
自分でムダに朝の時間をすごしておいて、
あるかなかった出勤をもったいなくおもう。
きのうの記事にかいたとおり、
あるきを生活にとりいれようとしたのに。

そのかわり、といってはなんだけど、
夕ごはんのあと、きゅうにあるく気になった。
スマホをみると、きょうは2200歩あるいており、
もうすこし歩数をかせぎたかったのと、
わたしとしてはめずらしく、食後にもかかわらず、
からだをうごかしたいとおもったからだ。
いかにも健康づくりなどと みられたくないので、
ジャージなどははかず、いつもの服装で、
手にはちいさなカバンをもって、
ダイエット目的のウォーキングではないと強調する。

今夜はとてもすずしくて、はやあるきでからだをうごかしていると
なんともいえず気もちいい。
ジョギングは、ここちよさよりも くるしさがかってるけど、
あるいていると、からだにてきした負荷なのか、
脳になにかの刺激物資がながれるのか、
こんなに気もちのいい運動はないとおもえるほど
すがすがしい気分を味わう。
かいわすれたタマゴをスーパーでかったりして、
30分ほどあるいて家にもどる。

しかし、なんということか、
スマホをみると 歩数の合計は2660で、
出発のときから360しかふえてない。
30分はやあるきしたら、3000歩は足をうごかしているはずで、
スマホの万歩計は、あてにならない数字なのがわかった。
きのうの記事で、自分がおもってるよりも、
ずっと活動量のすくない人間であることへの
ショックをかいたけど、問題は万歩計のほうで、
わたしの日常生活ではないとわかって安心した。

とはいえ、あるくのが気もちいいのはたしかで、
朝でも夜でも、どこかに時間をみつけて、
たとえ30分でもあるくと てきめんに気分がよくなる。
きゅうにおもいたったこんやの散歩では、
爽快感とともに、精神の自由をかんじながらあるいた。
からだがここちいいと、頭もさえてくる。
精神の自由、なんておおきなことをかかげながら、
何歩あるいたかで一喜一憂するのもへんなはなしだけど、
いまのわたしは、ジョギングより、水泳より、
あるくと確実にいい気もちが味わえる。

posted by カルピス at 22:17 | Comment(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月23日

いちにちに、1000歩しかあるいてなかったとは

スマホに万歩計のアプリをいれた。
ジョギングなどの運動以外で、
わたしはどれくらいあるいているだろうか。
わたしのいちにちをざっとまとめてみると、
自転車を5分こいで職場にかよい、
事業所を利用するひとを自動車でむかえにいって、
そのあとクッキーをやいたり、配達したりの仕事につき、
夕方また利用者をおうちにおくりとどける。
かえりには、ちかくのスーパーによってかいものをすませ、
10分ほど自転車にのって家にもどる。
こうした活動では、いちにちに1000歩もあるいていなかった。
トレーニングをしなくても、
日常的に2,3000歩はあるいているとおもっていたのに、
こんなにも歩数がすくなかったとは。

すこしはやあるきをしたら、10分でだいたい1000歩になる。
だから、いちにちに1万歩をめざすとすれば、
1時間半あるけば、おおよそ1万歩だ。
やすみなしでの1時間半はたいへんだけど、
いちにちの合計で90分あるけばいいのだから、
そんなにむりな数字ではない。
と、かんたんにかんがえていたのに、
自分の日常が、まさか こんなにあるいていないとはしらなかった。
ずっと車を運転していたり、パソコンにむかいあってるのなら
1000歩いかなくても納得できるけど、
はしらないまでも、そこそこからだをうごかして
いちにちをすごしているつもりだった。
まさか、たったの1000歩だったとは。
はじめ、なにかのまちがいだとおもい、
なんにちか、おなじようなすごし方をしたけれど、
どの日も1000歩いかなかった。

ながいきしたければはしるな、
あるいは、一万歩なんてめざさなくてもいい、
みたいな本をときどきみかける。
でも、そういう本は、注目をあつめたいから
そんなタイトルをつけているだけで、
あるくのを完全に否定してるわけではない(とおもう)。
むしろ、人間のからだはうごく(あるく)ようにできており、
あるかなければ、いろんな不都合がうまれるのではないか。

わたしはいちにちにうでたてふせ90回、
ヒンズースクワット300回をこなすようにしている。
朝でもお風呂のまえでも いつでもいいから、
いちにちのどこかで時間をみつけ、このふたつの種目にとりくむ。
やらないよりも、やったほうがいいだろうけど、
スクワットをしてるのを理由に ほとんどあるかない日でも、
ま、いいか、とあまりおもくかんがえてこなかった。
ピピはいちにちのうち22時間をねていると、
おおげさにおどろいて ひとにはなすけれど、
わたしにしたって、いちにちのうち
23時間50分はあるいていなかった。

健康のため・ダイエットのためと、
一心不乱にあるくのは わたしの美学にはんする。
爽快感のため、かんがえごとがしやすいから、など、
そのほかの理由を前面にうちだして、
あるきをもっと生活にとりいれたい。
わたしがいまの生活に9000歩うわのせするには、
あるいての通勤にきりかえ、かいものにもあるくようにしても、
4000歩ぐらいにしかならない。
根本的に生活をみなおさなければ、
いちにちに一万歩あるくのは そうかんたんではない。
ジョギングと水泳で安心してたけど、
わたしはあんがいうごかない人間と 認識したほうがよさそうだ。

posted by カルピス at 22:22 | Comment(0) | 健康 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月22日

ときには時事ネタ

書評家の斎藤美奈子さんに
『たまには、時事ネタ』(中央公論社)という著作がある。
本の評論だけではなく、斎藤さんだって時事ネタをかくのだ。
2001〜2006年にかかれた時事ネタコラムで、
ひさしぶりにめくってみると なつかしいし、おもしろい。
それにあやかって、というわけではないけど、
わたしもたまには時事ネタをかいてみよう。

と、いっても、ひさしぶりに投票した、というだけのはなしだ。
それだけ世のなかのうごきをうれいたわけではなく、
ただなんとなく、がニュアンスとしてはちかい。
このまえ選挙にいったのは、いつだっただろう。
国政選挙(っていうんだっけ?)にしても、
地方選挙にしても、あまりにも不毛な選択がつづき、
選挙にいく気をなくしていた。
今回にしても、とくに日本のゆくさきを心配したわけではなく、
なりゆきにすぎない。
台風がちかづき、暴風雨がふきあれているので、
いつもとちがったことがしたくなったのかもしれない。
夕方5時20分の投票所には、
わたしのほかにも5,6人がおとずれていた。

夕方にラジオをきいていたら、午後4時の状況としたうえで、
投票率が26%、前回を2.8%したまわっているそうだ。
たかいのが、東北地方の県で、最低は沖縄の19%くらいだという。
8時までまだ時間があるとはいえ、
今回の選挙はずいぶん話題になっていたのに、
それでも20%代とは、あまりにもひくいのでおどろいた。
沖縄のひとにしてみたら、基地問題やオスプレー、
最近でもヘリコプターの墜落事故と、
それにもかかわらず強行に運転が再開されたりで、
本土に一貫してめちゃくちゃなあつかいをされつづけているのだから、
国政選挙があるからといって、
いまさらたいして期待する気になれないだろう。
わたしにしても、これだけ与党がやりほうだいなのに、
あいかわらず与党有利の予測をきいて理解にくるしんでいた。
そんな選挙にいく意味があるのかとおもってしまう。

小池氏が「希望の党」をたちあげたときには、
おもしろくなってきた、とおもったけど、
そのあとの「排除発言」が問題になり、
うごきにブレーキがかかってしまった。
政策が一致しないのに、おなじ党として活動はできないだろうから、
いいかたこそ直接すぎたかもしれないけど、
小池氏の発言は当然におもえる。
ひさびさにおとずれたチャンスを、野党側はふいにしたようだ。
ま、いいけど。
おちるところまでおちてしまえば、
これからの日本がどうなるのか はやくわかる。

posted by カルピス at 21:50 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月21日

稲かりと大豆の脱穀

ことしで3どめとなる稲かりをする。
おととしより、1週間おそい稲かりだ(きょねんは収穫ゼロ)。
種もみいりの団子を いっしょにまいたしりあいと、
ふたりでカマを手に田んぼにはいる。
残念ながら、ほんの30分でおわってしまった。
発芽がそろわず、芽がでてからのそだちもわるい。
稲かりをしてると、稲のカブがスポッと、かんたんにぬけてしまう。
根がよくはってないから、成長もわるいのだろう。
ほとんど収穫がないのはわかっていたので、
いまさらショックはうけないけど、
自然農法は、そうかんたんに 豊作までいかせてくれない。
稲かり.jpg
ついでに、といってはなんだけど、
大豆もぜんぶかりとって、足踏脱穀機にかけた。
わたしの畑はひあたりがわるく、
このままほっておいても 乾燥しそうにないので、
とにかくぜんぶ収穫した。
稲とちがい、大豆は順調にそだった。
枝豆としてもたくさんたべたし、
肥料や農薬をつかわなくても よくそだった。
大豆の脱穀.jpg
足踏脱穀機でとりだしたサヤは、
家にもってかえってベランダにほす。
稲も、わずかな量しかなかったので、
ものほしざおにかけた。
稲は、乾燥してからの脱穀がのこっているし、
大豆も、サヤから豆をとりだすのがさいごの仕事だ。
とはいえ、ことしの米と大豆の収穫があっけなくおわった。
とくに米つくりについては、なかなかうまくいかないなー、が
3年目をおえてのそっちょくな感想だ。
はで干し.jpg

posted by カルピス at 15:57 | Comment(0) | 農的生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月20日

雨ふりにそなえてショートブーツをかう

台風21号がちかづいており、天気予報によると、
週末から月曜にかけて、日本を縦断するコースをとっている。
だから、というのは ちょっとこじつけだけど、
ホームセンターへいったついでに ショートブーツをかった。
ファッションとしての意味はまったくない。
ひたすら雨をどうふせぐか、からもとめたショートブーツだ。
ショートブーツなんていうのもはずかしい しょぼいデザインなので、
正確に、ショート=レイン=ブーツ、
あるいは、長靴のみじかいの、とよんだほうがいいかもしれない。
ホームセンターにあるくらいだから、1980円とやすい。
ショートブーツ.jpg
仕事がら、そとをあるく機会のおおいわたしは、
雨の日にどんな雨具を身につけたらいいか、いつもまよっている。
これまでの経験から、雨ふりのときに大切なのは、
けっきょく足もとをぬらさないことだとわかってきた。
たとえ上半身を雨からまもっても、
くつがぬれたらいっぺんに不快さがます。
そして、いくらカサをさしても、
いつもとおなじジョギングシューズをはいていたのでは、
足もとがぬれるのをふせげない。

自転車にのる場合でも、上下のカッパだけではクツをまもれない。
わたしは、自転車用の雨具で、
クツのうえからつけるレインカバーをもっている。
ジョギングシューズでも、このカバーをはいて、
上下にカッパをつければ完璧な装備となる。
ただ、目的地についてから、そのカバーをどうあつかうかが
あんがいやっかいで、あまりつかう機会のない雨具だ。

長靴をはけば、問題はないわけだけど、
小雨になったり、ながい距離をあるくときに
長靴ではおおげさすぎて もてあましてしまう。
そこで、ショートブーツだ。
ショートブーツなら、あるきと自転車の両方に対応できる。
まだはいたことがないのに、すごくもちあげたけど、
これまでの雨問題をいっきょに解決する
画期的な雨具になってくれる気がする。
はやく雨ふりの日につかってみたい。

posted by カルピス at 21:22 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月19日

はてなブックマーク問題よりピピのおしっこ情報がだいじかも

ピピが毛布のうえでおしっこをする。
夜中のおしっこは、もうなれっことはいえ、
今回のはすこし事情がちがう。
ごはんをたべに台所へいったピピが、
部屋にもどってきて わたしをおこそうとする。
ねむいところを、邪魔されるのはいやなので、
毛布をかぶってしらばっくれていたら、
わざわざ毛布によじのぼってのおしっこをしはじめた。
いじわるというか、いやがらせとしかおもえない。
10月も中旬となり、毛布ではさむいくらいなのに、
ふとんをだして、もしそのうえでおしっこをされたら
後始末がかなりたいへんとなる。
これからどうやっておしっこをふせぎながら、
あたたかい夜をすごしたらいいだろう。

こうして、歳おいたネコがする粗相をブログにかいても、
ほとんどのひとにとって関係のないはなしで、
99%は「しらんがな」とそっぽをむくだろう。
それでもわたしがピピのおしっこを しつこくかくのは、
ネコをかっているひとは、いずれむかえるネコの老化であり、
おそかれ はやかれ、やがてもちあがってくる事態だからだ。
ネコずきのおおくが そのうち「ネコ おしっこ」と、検索するだろう。
わたしがその他のジャンルについて、
もっともらしく意見をのべるより、
きっとおしっこ情報のほうが必要とされるときがくる。

けさパソコンをたちあげて
ブラウザのファイヤーフォックスをひらくと、
いつもは左側にでてくる「はてなブックマーク」がみえない。
いろいろやってみるけど、どうやらふるいファイヤーフォックスでは、
はてなブックマークをつかえなくなったみたいだ。
ファイヤーフォックスをあたらしくするには、
システムをあたらしくしなければならず、
わたしのパソコンは、iMacがシステム10.6.8、
マックブックエアーが10.8.5なので、サポートの対象外なのだろう。
わたしにパソコンの正確な知識があり、
ふるいマックにはてなブックマークを
再登場させる方法を紹介できたら、
きっとおおくのひとがもとめる記事になるだろう。
でも、パソコンをつかえるけど、しくみはわからないわたしにとって、
はてなブックマークの再表示は手にあまる問題だ。
とりあえず、ブックマークとして
「はてなブックマーク」を登録し、サイドバーにおいてみる。
不自由だけど、しかたない。

やっぱり、ネコのおしっこをしつこくかいていったほうが、
ながい目でみると、役にたつ記事になりそうだ。

posted by カルピス at 23:23 | Comment(0) | ネコ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月18日

『本の雑誌 11月号』の特集は「書庫を建てよう!」

『本の雑誌 11月号』の特集は「書庫を建てよう!」。
自宅の庭に、10万冊もはいる書庫をたてた
水鏡子さんが紹介されている。
10万冊というと、ちょっとした図書館といっていい。
水鏡子さんは、結婚せず、自動車ももたず、
ひたすら本に時間とお金をかけてきた。
庭にたてた書庫は、3番めの書庫であり、
自宅にある第1書庫と第3書庫をあわせると、3万冊もはいるのに、
それが、予想よりはやくいっぱいになり、第3書庫が必要になった。
水鏡子さんは、とくに親から財産をひきついだわけではなく、
自分ではたらいたお金を、本をかうのにあててきた。
車を持たんだけでも年に2,30万ずつゆとりが出るんですよ。それだけで30年で1千万。
嫁さん持たなかったら1千万。子どもを持たなかったら2千万。合わせて4千万くらいできるわけです。

おもしろかった企画は、
「蔵書家の家族の声をきけ!」で、
目黒考二さんの次男である謙二さんが
目黒家の事情を紹介している。
さきほどとりあげた水鏡子さんは、
家族がいないから問題はないけど、
家族のある蔵書家は、家でどうふるまっているのか。

目黒さんは、まあ、だいたいは予想どおりというか、
まったく家族の迷惑をかえりみない態度をつらぬぬいている。
目黒さんというと、家族小説がだいすきで、
こまやかな感情だって当然ながら理解しているのに、
自分の家族となると、またはなしはべつらしい。
べつというよりも、ひとに迷惑かもしれないという
ふつうの感覚がすっかりぬけているのが不思議なほどだ。

わたしは、それほど本をもっているわけではないけど、
台所に自分用の本棚をもちこんでいるし、
わたしの部屋においてある配偶者のタンスが非情に邪魔なので、
これさえなければ理想の書斎が完成するのにと、
非情にネガティブな感情にとらわれがちだ。
どんな理由をつけたら ほかの部屋へ移動できるのか、
延々とかんがえつづけるけど、いいアイデアがうかばない。
けっきょく わかれるしかないのかと、はやまりそうになる。
基本的に、本をためこみがちな人間は、
自分の欲望だけに忠実であり、
まわりが迷惑かどうかまで気がまわらない。
書庫をたてたら、本の整理がいっきょにすすむので、
家族のためにもいいことなのだろう。

posted by カルピス at 22:20 | Comment(0) | 本の雑誌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月17日

鷹の爪団 スーパーデラックス自虐カレンダー(卓上型)をかう

鷹の爪団の「スーパーデラックス自虐カレンダー」(卓上用)をかう。
まえにもこのブログでとりあげたことがあるように、
壁かけ用は、月がかわったときに、
紙をやぶいて つぎの月がみえるようにする。
カレンダーとしては よくあるやり方とはいえ、
たかいお金(1500円ぐらい)をだしてかったカレンダーなのに、
1ヶ月つかっただけで すてるのはもったいない。
ケチでビンボーなわたしは、
けっきょく壁かけ型を、カレンダーとしてつかえなかった。
それ以来、鷹の爪団のカレンダーは、卓上型だけにしている。
171017鷹の爪カレンダー.jpg
2018年版の自虐ネタには、
・民泊
・獣医学部
・国家戦略特区
など、2017年に話題となったできごとが
すかさずとりあげられている。
ながい目でみれば、この自虐カレンダーを将来ふりかえるだけで、
その時代にはなにがニュースだったたかをおもいだせる。
たとえば、
2017年版には「女子会」、
2016年版には「テニスの神様」(錦織圭選手)
ということばがそれぞれ登場している。
それ以前に「女子会」といっても、
なんのことかわからなかったはずだ。
自虐カレンダーにしたしんでいると、
「女子会」ということばがはやったのは、2016年だとわかる。

2018年版は、とくにまえの年とかわった点はない。
あいかわらず祝日に色がついてないので、
スケジュール管理にはふむきだ。
鷹の爪団のメンバーがつぶやいている自虐ギャグを、
たのしむために、ほかの機能は最低限にしぼってある。
その自虐ギャグにしても、へたうまな直筆でかかれているので、
印象にのこるとはいえ、すんなりとはよめない。
なので、カレンダーとしてより、どちらかというと
目や頭をやすませてくれるカードとして役にたつはずだ。

6月のコメントには、
「島根の移住者は増えている。
 このカレンダーの購入者は減っている」
とある。
まえはなかなか手にはいらないほど
貴重なカレンダーだったのに、
あまりにもたくさんつくりすぎたせいか、
島根では きょねんあたりから、
どこでも あたりまえにみかけるようになった。
もうそろそろ自虐ギャグというジャンルじたいが
あきられてきたのかもしれない。
しかし、このカレンダーのコンセプトである「負けるな!島根県」は、
これからますますおおきな意味をもつはずだ。
がんばろう、島根県。

posted by カルピス at 22:39 | Comment(0) | 鷹の爪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月16日

バスの運転手さんがつぶやく ひとりごとみたいなブログ

市内をはしるバスの、いちばんまえの席にすわったら、
運転手さんが 安全確認やら状況の説明をブツブツつぶやいている。
「信号まちで停車しています」
「バスからおりてすぐは、
 うしろからくる車にお気をつけください」
「ゆっくりでいいですので、バスがとまってから
 席をはなれてください」
など。
はじめはマイクでお客さんに説明しているのに、
マイクのスイッチがいれられてないのだとおもった。
でも、運転手さんのコメントをきいているうちに、
ひとりであれやこれやとつぶやきながら、
自分で運転のリズムをつくっているのだとわかってきた。
左折するときなど、
「横断者を確認しながら左折します」
「おいこしてくる車はいません」
と、指さし確認をしながら、
ものすごくこまかに安全な運転をこころがけているし、
お客さんがおりるときには、
じっさいにそのひとにはなしかけて、
お礼や注意をつたえている。
ウィンカーをつけずにまえをゆく車がまがったら、
「ウィンカーをだしてまがってほしかったです。あぶないです」
なんて感想や苦情をくちにする。
終点の車庫にはいろうと右折のウィンカーをだしても、
対向車がなかなかいれてくれないときは、
「みんないじわるですね」。
まえの車がとまり、パッシングで合図してくれたら、
「あ、ありがとうございます。感謝感激雨あられ」
なんていっていた。
ただこまかく安全確認をするだけでなく、
すごく人間味をかんじるつぶやきだ。
こんなふうにおしゃべりしながら運転していたら、
客観的かつ丁寧にはしれるだろう。
お客さんへの対応も マニュアルどおりの安全確認にくわえ、
必要なアドバイスを、ひとりひとりにはなしかけている。
ひとりでブツブツつぶやくのは、気もちわるい、
あるいは不気味、というひとも なかにはいるかもしれないけど、
これぐらいの自由は 運転手さんにみとめられてもいいとおもう。

おなじ日に バス停でバスをまっていたら、
60代とおもえる男性がわたしにはなしかけてきた。
「おさないころ火事にあいましてね」
なんのはなしかと耳をかたむけると、
そのままずっと自分のおいたちをはなしつづけられた。
しっかりした口調だし、身なりもととのったひとなので、
なにかわたしに関係のあるはなしかとおもっていたけど、
どうもそうではなく、
自分の身の上ばなしをこまかくかたっておられるようだ。
わたしにつれがいること、雨がふっていることなど、
状況をしっかり把握されており、
それらに配慮しながらも、ずっとはなしがつづく。
この方の場合は、バスの運転手さんとちがい、
ひとりごとではなく、わたしへのかたりかけなのだけど、
印象としては、いろいろはなすことで、
自分の気もちをおちつかせている。
極端にいいきってしまえば、ひとりごとといっしょだ。
いま、こんなふうなつぶやきが はやっているのだろうか。

かわったひとがいるものだとおもったけど、
このブログをにしたって、かんがえてみると、
わたしのひとりごとみたいなものだ。
だれかを説得したいわけではなく、
習慣だから、たのしいから、にすぎない。
ひとりでいつまでもブツブツつぶやくのは気もちわるい、
なんていわずに つきあってもらえたらうれしい。

posted by カルピス at 21:43 | Comment(0) | ブログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする