自動車の冬タイヤをふつうのタイヤにかえる。
タイヤのもちはこび・レンチでナットをゆるめる、など、
ひとつひとつのうごきはどうということなくても、
4本のタイヤ交換がおわるころになると、
だいぶ腰がはってっくる。およそ50分かかった。
こんど冬がきて、タイヤをかえるころには
わたしは65歳になっている。つまり、前期高齢者だ。
いつまでこんなふうにタイヤ交換ができるだろうと、
さきのことがふと頭をかすめた。
わかいころには、「いつまでも自分の足であるくこと」
なんて老人がいっていると、いったいなんのことだろうと
不思議な気もちできいていた。
60をこえてからは、健康と体力への不安を
身ぢかにかんじるようになる。
認知症や脳梗塞にならなくても、
どうせいつかはなにかの病気で死ぬわけだけど、
そのリアルさがわかいころとはまるでちがう。
50歳のころには絶対におもわなかった不安が
60をこえると完全に自分ごとになってくる。
週に20回のジョギングや水泳、
それにほぼ毎日の「みんなで筋肉体操」をやっているわたしは、
いったいどんな最後をむかえるのか興味がある。
まわりのひとたちは、どんな老人となるだろうか。
心配というよりも、老いをむかえるがたのしみになってきた。
2026年03月22日
2025年10月29日
朝ドラ『ばけばけ』を毎朝みている
9月下旬から、松江を舞台にした朝ドラ『ばけばけ』がはじまった。
これまでずっと、朝ドラにはひややかな視線をおくってきたけど
(『あまちゃん』をのぞく)、『ばけばけ』は毎朝かかさずみている。
母を介護する生活となり、あさ8時40分に家をでればよくなった。
7時半になるといそいそとBSをつけ、
8時からの地デジ放送までみることもおおい。
まさか自分が朝ドラをみる習慣を身につけるなるとはおもわなかった。
『ばけばけ』のまえの作品『あんぱん』も、
なんとなくではありながら、後半からけっこうみていた。
これも母の介護のおかげであり、なんかへんだとおもいながらも
習慣になってしまうと惰性でついテレビをつけてしまう。
『ばけばけ』は、『あんぱん』よりもあきらかにおもしろい。
まず、シンプルなオープニングがすばらしい。
ヘルンとセツ役のふたりが、とてもたのしそうに身をよせあっている。
相手へのふかい信頼と愛をかんじずにはおれない
すてきな写真がつかわれている。
バックにながれるハンバート ハンバートの歌がピッタリで、
おさないころのトキ(セツ)もすごくかわいかったし、
成長したトキをえんじる高石あかりもとても自然な演技がひかる。
いまのところ視聴者からの評判はわるくないようで、
SNSにも好意的なコメントがおおくよせられているという。
松江にすむわたしは、画面にでてくるしじみ汁や宍道湖、
松江城がごく身ぢかな存在だし、登場人物がはなす出雲弁にも
もちろんしたしみがある(ちょっと不自然ななまり方だけど)。
でも、ほかの土地にすむひとが、
『ばけばけ』のどこにひかれるのか不思議な気がする。
人気があるのだから、脚本や演出、演技がすぐれているのだろう。
これまでの朝ドラにはないかるい雰囲気が、
いまのところうまくはまっているのかもしれない。
放送がはじまって1ヶ月がたち、
とうとうヘブン(ヘルン)とトキが松江でであった。
日本語ができないヘブンと、英語ができないトキが、
どうやって関係をきづき、怪談を記録していったのだろう。
これからふたりがどんなくらしをおくるのかたのしみにしたい。
これまでずっと、朝ドラにはひややかな視線をおくってきたけど
(『あまちゃん』をのぞく)、『ばけばけ』は毎朝かかさずみている。
母を介護する生活となり、あさ8時40分に家をでればよくなった。
7時半になるといそいそとBSをつけ、
8時からの地デジ放送までみることもおおい。
まさか自分が朝ドラをみる習慣を身につけるなるとはおもわなかった。
『ばけばけ』のまえの作品『あんぱん』も、
なんとなくではありながら、後半からけっこうみていた。
これも母の介護のおかげであり、なんかへんだとおもいながらも
習慣になってしまうと惰性でついテレビをつけてしまう。
『ばけばけ』は、『あんぱん』よりもあきらかにおもしろい。
まず、シンプルなオープニングがすばらしい。
ヘルンとセツ役のふたりが、とてもたのしそうに身をよせあっている。
相手へのふかい信頼と愛をかんじずにはおれない
すてきな写真がつかわれている。
バックにながれるハンバート ハンバートの歌がピッタリで、
おさないころのトキ(セツ)もすごくかわいかったし、
成長したトキをえんじる高石あかりもとても自然な演技がひかる。
いまのところ視聴者からの評判はわるくないようで、
SNSにも好意的なコメントがおおくよせられているという。
松江にすむわたしは、画面にでてくるしじみ汁や宍道湖、
松江城がごく身ぢかな存在だし、登場人物がはなす出雲弁にも
もちろんしたしみがある(ちょっと不自然ななまり方だけど)。
でも、ほかの土地にすむひとが、
『ばけばけ』のどこにひかれるのか不思議な気がする。
人気があるのだから、脚本や演出、演技がすぐれているのだろう。
これまでの朝ドラにはないかるい雰囲気が、
いまのところうまくはまっているのかもしれない。
放送がはじまって1ヶ月がたち、
とうとうヘブン(ヘルン)とトキが松江でであった。
日本語ができないヘブンと、英語ができないトキが、
どうやって関係をきづき、怪談を記録していったのだろう。
これからふたりがどんなくらしをおくるのかたのしみにしたい。
2024年10月27日
それほどわるくなかった日曜日
いちにちのはじまりはパッとしなかった。
ゆうべ、そんなにのんでないのにさえない目ざめ。
でも、いろいろ用事をかたづけているうちに、
なんとか形がととのってきた。
ひるまえに事務所へゆき、へんなエラーがでるという
ファイルメーカーでつくったファイルをたしかめる。
おとついからきゅうに、
「スペルチェック用のメイン辞書をロードできません」
というメッセージがあらわれて、
あたらしいレコードをつくれなくなった。
ネットでしらべると、ファイルメニューから
「間違ったスペルを特殊な下線で示す」のチェックをはずす、とある。
ためしてみると、すぐにエラーがでなくなった。
そのあと週にいちどのプールへでかける。
いつものように、まず1500メートルをゆっくりおよぐ。
このところ、およぎがすごくおもく、
500メートルをすぎるまでくるしさがつづく。
1500に40分ちかくかかった。でもまあ、とにかくおよげた。
そのあと4種目を50メートルずつ2セット、90秒でまわる。
いつもよりタイムはわるいけど、なんとかまわれた。
あたりまえだとおもっていた1500と4種目の定番メニューを、
わたしははたしていつまでつづけられるだろう。
夕方は、母を選挙につれていく。
母は、みじかい距離ならツエをついてなんとかあるけるけど、
1キロはなれた投票所へは、わたしが車でおくらなければならない。
わたしはそんなに投票したくないけど、
母をおくったついでにささやかな義務をはたす。
夕ごはんのまえには台所の網戸をはりなおした。
家と外を自由にではいりするネコのココが、
なんにちかまえにやぶいてしまったところだ。
手先が不器用なわたしだけど、きれいに、
とはいえないまでも、なんとかそれらしくアミをはれた。
きのうからよみはじめたキャロル=オコンネルの
『クリスマスに少女は還る』がおもしろくなってきた。
オコンネルは、はじめてよむ作家で、
630ページ以上あるながいミステリーだけど、
訳者が務台夏子さんなので、ためしによんでみる気になった。
務台夏子さんは、わたしがだいすきな作家、
ピーター=スワンソンの作品で名前をしった。
スワンソンの作品は、どれもすてきにおもしろく、
その訳者が担当してくれるなら、とおそるおそるよみはじめる。
かなりいりくんだスタートだけど、
務台さんは期待どおり安定した日本語をとどけてくれる。
そしてサッカー天皇杯準決勝、ガンバが3−2でマリノスをやぶる。
延長後半アディショナルタイムでのかちこし点。
いろいろあったけど、おわってみればわるくない日曜だった。
ゆうべ、そんなにのんでないのにさえない目ざめ。
でも、いろいろ用事をかたづけているうちに、
なんとか形がととのってきた。
ひるまえに事務所へゆき、へんなエラーがでるという
ファイルメーカーでつくったファイルをたしかめる。
おとついからきゅうに、
「スペルチェック用のメイン辞書をロードできません」
というメッセージがあらわれて、
あたらしいレコードをつくれなくなった。
ネットでしらべると、ファイルメニューから
「間違ったスペルを特殊な下線で示す」のチェックをはずす、とある。
ためしてみると、すぐにエラーがでなくなった。
そのあと週にいちどのプールへでかける。
いつものように、まず1500メートルをゆっくりおよぐ。
このところ、およぎがすごくおもく、
500メートルをすぎるまでくるしさがつづく。
1500に40分ちかくかかった。でもまあ、とにかくおよげた。
そのあと4種目を50メートルずつ2セット、90秒でまわる。
いつもよりタイムはわるいけど、なんとかまわれた。
あたりまえだとおもっていた1500と4種目の定番メニューを、
わたしははたしていつまでつづけられるだろう。
夕方は、母を選挙につれていく。
母は、みじかい距離ならツエをついてなんとかあるけるけど、
1キロはなれた投票所へは、わたしが車でおくらなければならない。
わたしはそんなに投票したくないけど、
母をおくったついでにささやかな義務をはたす。
夕ごはんのまえには台所の網戸をはりなおした。
家と外を自由にではいりするネコのココが、
なんにちかまえにやぶいてしまったところだ。
手先が不器用なわたしだけど、きれいに、
とはいえないまでも、なんとかそれらしくアミをはれた。
きのうからよみはじめたキャロル=オコンネルの
『クリスマスに少女は還る』がおもしろくなってきた。
オコンネルは、はじめてよむ作家で、
630ページ以上あるながいミステリーだけど、
訳者が務台夏子さんなので、ためしによんでみる気になった。
務台夏子さんは、わたしがだいすきな作家、
ピーター=スワンソンの作品で名前をしった。
スワンソンの作品は、どれもすてきにおもしろく、
その訳者が担当してくれるなら、とおそるおそるよみはじめる。
かなりいりくんだスタートだけど、
務台さんは期待どおり安定した日本語をとどけてくれる。
そしてサッカー天皇杯準決勝、ガンバが3−2でマリノスをやぶる。
延長後半アディショナルタイムでのかちこし点。
いろいろあったけど、おわってみればわるくない日曜だった。
2024年09月16日
2ど目のコロナ
2ど目のコロナにかかる。
前回は、2年まえの9月だった。
熱がでて、ノドがいたくなるという、
おなじような症状だ。
ざっくりいうと、2回目の今回のほうが、
ずっと楽にすごせた。
あいかわらずコロナ用の薬はないので、
病院で解熱剤のカロナールを処方してもらう。
今回は熱が38度まであがったけど、
くるしかったのは2日間だけだ。
3日目にはずいぶんげんきがもどっていた。
ノドのいたみはそれほどでもなかったし、
食欲はまあまああった。2日目には本をよむ気にもなった。
コロナをさわぎすぎ、というのが
2ど目に感染しての感想だ。
インフルエンザとおなじ5類に位置づけられているのに、
あいかわらず濃厚接種者は自粛をもとめられる。
職場では、コロナにかからないよう、
マスクや消毒がつづいているし、
だれかがかかると警戒体制がしかれるのも、
2年まえとかわっていない。
コロナをおさえこむのではなく、
共存するしかないから5類になったのではないか。
おおさわぎしておそれるほど症状はおもくない。
家族といっしょにご飯をたべられないので、
どうしても自分の部屋ですごすことになる。
ラジオをきいたり本をよんだり。
いっしょにくらしているネコのキナコが
ずっとわたしのベッドにいてくれ、はげまされた。
前回は、2年まえの9月だった。
熱がでて、ノドがいたくなるという、
おなじような症状だ。
ざっくりいうと、2回目の今回のほうが、
ずっと楽にすごせた。
あいかわらずコロナ用の薬はないので、
病院で解熱剤のカロナールを処方してもらう。
今回は熱が38度まであがったけど、
くるしかったのは2日間だけだ。
3日目にはずいぶんげんきがもどっていた。
ノドのいたみはそれほどでもなかったし、
食欲はまあまああった。2日目には本をよむ気にもなった。
コロナをさわぎすぎ、というのが
2ど目に感染しての感想だ。
インフルエンザとおなじ5類に位置づけられているのに、
あいかわらず濃厚接種者は自粛をもとめられる。
職場では、コロナにかからないよう、
マスクや消毒がつづいているし、
だれかがかかると警戒体制がしかれるのも、
2年まえとかわっていない。
コロナをおさえこむのではなく、
共存するしかないから5類になったのではないか。
おおさわぎしておそれるほど症状はおもくない。
家族といっしょにご飯をたべられないので、
どうしても自分の部屋ですごすことになる。
ラジオをきいたり本をよんだり。
いっしょにくらしているネコのキナコが
ずっとわたしのベッドにいてくれ、はげまされた。
2023年11月23日
さかあがりができてひと安心
すこしまえのほぼ日「今日のダーリン」で、
糸井重里さんがさかあがりについてかいていた。
子どものころ、かんたんにできた記憶がのこっているだけで、
じっさいにさかあがりをやってみると、できないのだそうだ。
年をとると、わかいころできたことができなくなる。
ただ、あえてさかあがりをやる機会などなかなかないので、
できなくなっていることに気づかずにいる。
自転車などは、いちどのれるようになれば、
かなり年をとっても のる技術はのこっている。
しかし、さかあがりのような筋力やバランス力にたよるうごきは、
年をとるにつれ、いつのまにかできなくなっているらしい。
いかにもありそうなことだ。わたしはどうだろうか。
心配になってちかくの小学校へゆき、校庭の鉄棒でためしてみる。
さかあがりって、これでいいの?とうくらいかんたんにできた。
ジョギングコースにある松の木をつかい、ときどき懸垂しているので、
さかあがりに必要な筋力を維持しているのだろう。
懸垂のほかにも、すこしまえにはやった「みんなで筋肉体操」の
うでたてふせとスクワットを、ほぼ毎日つづけており、
筋力についてはまだふけこんでないとおもっている。
ただ、年をとるにつれ、うごきがわるくなっているのはまちがいない。
得意だった水泳も、およぎはじめは毎回あまりにもくるしく、
500メートルをすぎるくらいから、ようやく「水泳」になってくる。
ジョギングは、ずいぶんまえから左腕がふりにくくなり、
まえはあたりまえだった8キロが、このごろは6キロがせいぜいだ。
うでたてふせの回数だって、すこしずつへっている。
いまはあたりまえにできているあれやこれやの運動が、
年をとるにつれ、いつまでもつづかないのはあきらかだ。
70歳になったとき、さかあがりがまだふつうにできるだろうか。
1500メートルをつづけておよぎ、うでててふせが50回できるだろうか。
70歳ではできるかもしれないけど、いつかはできなくなる。
きょうはさかあがりがすんなりできて安心したものの、
できなくなってくる現実をうけいれるのは かなりつらそうだ。
糸井重里さんがさかあがりについてかいていた。
子どものころ、かんたんにできた記憶がのこっているだけで、
じっさいにさかあがりをやってみると、できないのだそうだ。
年をとると、わかいころできたことができなくなる。
ただ、あえてさかあがりをやる機会などなかなかないので、
できなくなっていることに気づかずにいる。
自転車などは、いちどのれるようになれば、
かなり年をとっても のる技術はのこっている。
しかし、さかあがりのような筋力やバランス力にたよるうごきは、
年をとるにつれ、いつのまにかできなくなっているらしい。
いかにもありそうなことだ。わたしはどうだろうか。
心配になってちかくの小学校へゆき、校庭の鉄棒でためしてみる。
さかあがりって、これでいいの?とうくらいかんたんにできた。
ジョギングコースにある松の木をつかい、ときどき懸垂しているので、
さかあがりに必要な筋力を維持しているのだろう。
懸垂のほかにも、すこしまえにはやった「みんなで筋肉体操」の
うでたてふせとスクワットを、ほぼ毎日つづけており、
筋力についてはまだふけこんでないとおもっている。
ただ、年をとるにつれ、うごきがわるくなっているのはまちがいない。
得意だった水泳も、およぎはじめは毎回あまりにもくるしく、
500メートルをすぎるくらいから、ようやく「水泳」になってくる。
ジョギングは、ずいぶんまえから左腕がふりにくくなり、
まえはあたりまえだった8キロが、このごろは6キロがせいぜいだ。
うでたてふせの回数だって、すこしずつへっている。
いまはあたりまえにできているあれやこれやの運動が、
年をとるにつれ、いつまでもつづかないのはあきらかだ。
70歳になったとき、さかあがりがまだふつうにできるだろうか。
1500メートルをつづけておよぎ、うでててふせが50回できるだろうか。
70歳ではできるかもしれないけど、いつかはできなくなる。
きょうはさかあがりがすんなりできて安心したものの、
できなくなってくる現実をうけいれるのは かなりつらそうだ。

