2025年05月25日

映画『ファーストキス』のちらかった部屋に共感する

いい大人、というか、客観的には
もうすぐ前期高齢者のわたしなのに、
自分の部屋のちらかし方がコンプレックスだった。
頭のわるい中学生の部屋のように、
よみかけの本や、かったままの本たち(つんどく)。
ぬいだ服がいすの背にかけられていて、
レコードはターンテーブルののったままだ。
アイドルのポスターまではないものの、
いつまでも大人になれなかった部屋が
わたしの精神的なおさなさ、未熟さをあらわしているような。
たとえば、村上春樹の小説にでてくる「僕」たちは、
ぜったいにこんな部屋をつくらないだろう。
この年になってこんな部屋なのだから、
このさきも、おおきくはかわらないにきまっている。

ところが、このまえ映画『ファーストキス』をみていたら、
でてきた部屋が、あんがいわたしの部屋に似ているようにおもった。
松たか子がひとりでくらすマンションは、
あちこちにものがおかれ、机のうえだってごちゃごちゃだ。
そのゴチャゴチャさがなんともいえずリアルだった。
とてもよくできた作品で、おもしろかったうえに、
部屋のちらかり方に共感できたことが印象にのこっている。
これはこれでありかも、とおもわせるちらかり方だ。
そうか、おれの部屋は、これでいいんだ、と安心する。

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2025年04月29日

2025年は、カリン=スローターにささげる年

近所の本屋さんが、きょねんの秋から改装工事にはいっていた。
4月24日に、ようやくまたお店がはじまりほっとしている。
さっそくいってみると、店内はかなりかわり、べつのお店のようだ。
「すごせる書店」をめざす、と新聞で紹介されていた。
改装まえは、雑貨のスペースがじわじわとふえ、
それにともない本棚がへっていたのが不満だった。
あたらしいお店は、蔵書が3万冊ふえ22万冊になるという。
やみあがりだったのできのうはみじかい滞在にとどめ、
シャルロッテ=リンクの『罪なくして』の上下だけをもとめた。
セルフとなったレジで2640円をしはらう。

それにしても本の値段がたかくなった。
『罪なくして』は300ページほどの作品なのに、
税別それぞれ1200円もする。
すこにまえなら1000円程度におさまっただろう。
輸送費の値あがりや、そもそも本の原料である紙がないと
『本の雑誌』にかかれていた。
これもそれも、みんなプーチンがわるのだろう。

成瀬あかり氏の活躍以来、今年の夏をなんとかにささげる、
というのは手あかのついた表現になってしまったけど、
わたしはこのいちねんをカリン=スローターにささげたいとおもう。
はじめてよんだ『暗闇のサラ』におどろいてしまい、
アマゾンであらたに7冊を注文した。
なかには700ページにたっする作品もあり、
わたしのよむスピードでは、その1冊だけでも1ヶ月かかりそうだ。
スローターの作品には、「グラント郡シリーズ」と
「ウィル・トレント」シリーズ、それにシリーズ外作品がある。
全部で20冊をこえるらしく、成瀬のように夏だけではとてもたりない。
わたしの2025年度をかけた大事業として位置づけるわけだ。
ちょうどこのいちねんは、わたしが職場ですごすさいごの年でもあり、
定年までの月日をささげるにふさわしい気がする。

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2025年03月29日

iPhoneSE(第2世代)の中古品にきりかえる

5年まえにかったiPhoneSE(第2世代)のストレージが、
64ギガのうち のこり5ギガとなり、
OSをアップデートできなくなった。
そろそろかいかえの時期だけど、
あたらしい機種は10万以上するのでためらっていた。
アマゾンでしらべると、SE(第2世代)の中古が、
2万1000円ほどででている。ストレージは128ギガ。
5年まえにかったときは、5万円だったものが、
5年後に倍のストレージ品を2万1000円だから
いいかいものにおもえる。ポチッとした。

とどいたiPhoneは、よごれ・キズはないし、
バッテリーも100%まで充電できる。
ふるい機種からのデーター移行は、
新旧2つのスマホをならべると、かんてんにできるという。
じっさいにやってみると、あたらしいスマホが
ふるいスマホをなかなか認証しなくて手間どった。
でもまあ、なんとか移行をすませてつかいはじめる。

しばらくすると、Wi-Fiではネットにつながるものの、
ドコモ回線ではつながらないことがわかった。
いろいろいじってみてもうまくいかない。
一週間ほど、家だけで機能するスマホとして我慢してつかう。
けっきょく、イオンモバイルをたずね業況をはなすと、
なんとかかんとか、と、なにかのデーターをダウンロードされた。
すぐにWi-Fiでなくてもネットにつながるようになる。

わたしはいちにちに10分ほどしたスマホをみないので、
あたらしいスマホに10万円もつかいたくない。
ふるい機種でも、OSさえあたらしければ
あと5年くらいはつかえるだろう。
2万1000円で、つなぎとなるお手軽なスマホをかえて一安心する。

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2025年02月28日

くちなおしにキャロル=オコンネル

『おすすめ文庫王国』ですすめられていた
『炒飯狙撃手』(張國立)をよんでみる。
あぶない場面になると、炒飯をつくって危機をのりこえる、
みたいな紹介があったけど、じっさいは、
さほど炒飯にスポットがあたっているわけではない。
わたしには、どこがおもしろいのか
理解しづらい作品だった。
こんなときには、くちなおしに
すぐれたミステリーがよみたくなる。
キャロル=オコンネルの『ルート66』を手にとった。

マロリーの通報後、20分もたってから
州警察のわかい警官がパトカーからおりてきた場面。
彼は、何試合かで勝利を収め、独力で勝ったと思いこんでいるアスリートの自信を漂わせていた。なお悪いことに、彼はゆったりしたタイプだった。車から降り、食堂までの5、6歩の長旅にそなえて帽子をかぶる

「あのフォードのトランクを開けて欲しいの」マロリーは言った。
ホフマンは優しげな、見下すようなほほえみを見せた。まるで幼稚園を訪問して、親切なおまわりさんを演っているようだ。

わたしのツボにドンピシャではまるうまさだ。
オコンネルの描写には無駄がない。
それでいて、あそびごころにみちている。
それ以外にはないとおもわせる絶妙な角度から、
人物像を的確にいいあらわす。
よんでいるだけでここちよくさせてくれ、
そのうえストーリーもまた格別にうまいのだから たまらない。
オコンネルが特別なのかとおもっていたら、
このまえよんだ『暗闇のサラ』(カリン=スローター)もすごかった。
すんなりとよみすすめるのが困難なほど、
きびしい緊張感をたもちながら読者をふりまわす。
こんな作品にであえたしあわせに感謝する。
日本の、そしてアジアのミステリーは、
欧米のレベルから、まだまだとおくはなされているのでは。


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2025年01月09日

『愛おしい骨』キャロル=オコンネル

『愛おしい骨』
キャロル=オコンネル・務台夏子:訳
創元推理文庫

いやー、キャロル=オコンネル、いつもながらすごい。
ストーリーが複雑にいりくみ、さいごのさいごまで
どこにつれていかれるのかわからない。
よみおえてしばらくは、至福の時間をすごせたよろこびにひたった。
ミステリーのおもしろさを堪能させてくれる一冊だ。
務台夏子氏の訳もすばらしく、よくこなれた日本語にたすけられ、
オコンネル作品の奥ぶかさを ぞんぶんに堪能できた。

作品についていろいろかきだしてみたものの、
わたしには、この作品をかたるちからはないようだ。
川出正樹氏がみごとな解説をよせられているので、
その引用をもってこの作品の紹介としたい。
 
自信をもって断言しよう。およそ〈物語〉が好きな人であるならば、この本を読まないという選択肢はない。ミステリに興味がないとか、翻訳小説が苦手だとか、そんな些細なことは関係ない。この小説の懐は、とてもとても深いのだ。

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2024年12月28日

『ミステリーしか読みません』だったこの一年

すこしまえに『ミステリーしか読みません』
(イアン=ファーガソン)という本をよんだ。
とてもよくできたミステリーだったけど、
かきたいのはその内容ではなく、
ことしのわたしの読書傾向をよくあらわしているから
ひきあいにだしたくなった。

ことしよんだ本は52冊で、そのうち30冊がミステリーだ。
そしてその全部が海外ミステリーとなった。
北欧やイギリスの、重厚なミステリーをよむと、
日本の小説ではものたりなくなってくる。
心理描写がよわく、よみごたえがない。
新聞の書評にのっていた何冊かの日本の小説をよんだけど、
書評がすすめるほどには、おもしろくかかれていなかった。

とはいえ、海外ものならどれもいいわけではもちろんない。
レイフ=GW=ペーションベッグストレーム警部シリーズは、
数冊まではおもしろくよめたものの、
だんだんと 警部のとんでもなさがハナについてきた。
ジル=ペイトン=ウォルシュのイモージェン=クワイシリーズも、
はじめの2冊にくれべ、3冊目の『貧乏カレッジの困った遺産』は
だいぶおちるので、もうこれからは手をださない(かもしれない)。
いまいちばんすきなシリーズはエリー=グリフィスの
ハービンダー=カー刑事ものとなる。
アマゾンのレビューをみると賛否がわかれており
(否のほうがおおい)、このシリーズのおもしろさは、
かなりのミステリーずきでないと理解されないだろう。
いわば、「読者をえらぶ」ミステリーであり、
いたるところにちりばれまれた わたしむきのわらいに
なんどもほくそえむ読書となる。
つぎの作品がたのしみでならない。

ことしの10冊をえらんでみると、
・『窓辺の愛書家』エリー=グリフィス・創元推理文庫
・『成瀬は信じた道をいく』宮島未奈・新潮社
・『カラハリが呼んでいる』マーク=オーエンズ・ディーリア=オーエンズ・ハヤカワノンフィクション文庫
・『ザリガニの鳴くところ』ディーリア=オーエンズ・ハヤカワ文庫
・『償いの雪が降る』アレン=エスケンス・創元推理文庫
・『黄昏に眠る秋』ヨハン=テオリン・ハヤカワ文庫
・『クリスマスに少女は還る』キャロルオコンネル・創元推理文庫
・『悪魔が唾棄する街』アラン=パークス・ハヤカワ文庫
・『つまらない住宅地のすべての家』津村記久子・双葉文庫
・『誘拐犯』シャルロッテ=リンク・創元推理文庫

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2024年11月16日

本屋さんがない町はさみしい

すんでいる町から本屋さんがなくなり、
さみしくなった、みたいな記事を、
新聞やネットでときどき目にする。
そりゃ残念だろーなー、とおもってよんできたけど、
わたしにも、そんな事態がいよいよふりかかってきた。
新装開店のため、4ヶ月だけの休業なので、
正確には本屋さんがなくなったわけではないとはいえ、
毎週のように足をはこんでいた店へいけなくなるのは、
ずいぶんさみしい生活となる。
本をかわないまでも、本棚をながめながら店をぶらつくのは、
わたしにとって大切な時間だった。
新刊(文庫だけど)のミステリーをさがしたり、
毎月中旬に、『本の雑誌』をかいもとめたり、
それといっしょに『熱風』をただでもらったり。
それらの機能がばっさりときりはなされてしまった。
ネットで注文すればいいので、本が手にはいらないわけではないけど、
それはそれ、これはこれ、だ。
リアル本屋さんの存在が、どれだけ生活をうるおしてくれていたかを、
いまさらながらおもいしらされている。

このお店が20年まえにできたときは、
ほかの本屋さんにくらべゆったりとしたレイアウトが新鮮だった。
検索用の末端が何台もおかれていて、
ずいぶんゴージャスにかんじたのをおぼえている。
それから20数年がたち、本屋さんが新装工事にはいるまえには、
雑貨をあつかうスペースがだんだんふえていた。
本屋さんなら、そんなものをならべるより、
もっと本棚を充実させてくれたらいいのに、とおもっていた。
こんどお店がはじまるときは、どんな姿をみせてくれるだろうか。



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2024年10月27日

それほどわるくなかった日曜日

いちにちのはじまりはパッとしなかった。
ゆうべ、そんなにのんでないのにさえない目ざめ。
でも、いろいろ用事をかたづけているうちに、
なんとか形がととのってきた。

ひるまえに事務所へゆき、へんなエラーがでるという
ファイルメーカーでつくったファイルをたしかめる。
おとついからきゅうに、
「スペルチェック用のメイン辞書をロードできません」
というメッセージがあらわれて、
あたらしいレコードをつくれなくなった。
ネットでしらべると、ファイルメニューから
「間違ったスペルを特殊な下線で示す」のチェックをはずす、とある。
ためしてみると、すぐにエラーがでなくなった。

そのあと週にいちどのプールへでかける。
いつものように、まず1500メートルをゆっくりおよぐ。
このところ、およぎがすごくおもく、
500メートルをすぎるまでくるしさがつづく。
1500に40分ちかくかかった。でもまあ、とにかくおよげた。
そのあと4種目を50メートルずつ2セット、90秒でまわる。
いつもよりタイムはわるいけど、なんとかまわれた。
あたりまえだとおもっていた1500と4種目の定番メニューを、
わたしははたしていつまでつづけられるだろう。

夕方は、母を選挙につれていく。
母は、みじかい距離ならツエをついてなんとかあるけるけど、
1キロはなれた投票所へは、わたしが車でおくらなければならない。
わたしはそんなに投票したくないけど、
母をおくったついでにささやかな義務をはたす。

夕ごはんのまえには台所の網戸をはりなおした。
家と外を自由にではいりするネコのココが、
なんにちかまえにやぶいてしまったところだ。
手先が不器用なわたしだけど、きれいに、
とはいえないまでも、なんとかそれらしくアミをはれた。

きのうからよみはじめたキャロル=オコンネルの
『クリスマスに少女は還る』がおもしろくなってきた。
オコンネルは、はじめてよむ作家で、
630ページ以上あるながいミステリーだけど、
訳者が務台夏子さんなので、ためしによんでみる気になった。
務台夏子さんは、わたしがだいすきな作家、
ピーター=スワンソンの作品で名前をしった。
スワンソンの作品は、どれもすてきにおもしろく、
その訳者が担当してくれるなら、とおそるおそるよみはじめる。
かなりいりくんだスタートだけど、
務台さんは期待どおり安定した日本語をとどけてくれる。

そしてサッカー天皇杯準決勝、ガンバが3−2でマリノスをやぶる。
延長後半アディショナルタイムでのかちこし点。
いろいろあったけど、おわってみればわるくない日曜だった。

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2024年09月16日

2ど目のコロナ

2ど目のコロナにかかる。
前回は、2年まえの9月だった。
熱がでて、ノドがいたくなるという、
おなじような症状だ。
ざっくりいうと、2回目の今回のほうが、
ずっと楽にすごせた。
あいかわらずコロナ用の薬はないので、
病院で解熱剤のカロナールを処方してもらう。
今回は熱が38度まであがったけど、
くるしかったのは2日間だけだ。
3日目にはずいぶんげんきがもどっていた。
ノドのいたみはそれほどでもなかったし、
食欲はまあまああった。2日目には本をよむ気にもなった。

コロナをさわぎすぎ、というのが
2ど目に感染しての感想だ。
インフルエンザとおなじ5類に位置づけられているのに、
あいかわらず濃厚接種者は自粛をもとめられる。
職場では、コロナにかからないよう、
マスクや消毒がつづいているし、
だれかがかかると警戒体制がしかれるのも、
2年まえとかわっていない。
コロナをおさえこむのではなく、
共存するしかないから5類になったのではないか。
おおさわぎしておそれるほど症状はおもくない。

家族といっしょにご飯をたべられないので、
どうしても自分の部屋ですごすことになる。
ラジオをきいたり本をよんだり。
いっしょにくらしているネコのキナコが
ずっとわたしのベッドにいてくれ、はげまされた。
IMG_2505.jpg

posted by カルピス at 11:09 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年08月04日

『カラハリが呼んでいる』人間は、どしがたい

『カラハリが呼んでいる』
マーク=オーエンズ&ディーリア=オーエンズ
小野さやか・伊藤紀子:訳
ハヤカワ・ノンフィクション文庫

野生動物の研究家であるオーエンズ夫妻は、
まだ人間と接触したことのない動物をもとめ、
ボツワナ共和国のカラハリ砂漠にたどりついた。
これまでに人間をみたことがない動物たちは、
ひとをおそれる遺伝子をもっていない。
動物たちのくらしをすぐちかくで観察できるし、
たとえライオンでも、ひとをおそってくることはない。
オーエンズ夫妻は、不用意に干渉しないよう
注意ぶかく観察をつづけ、
これまでしられなかったライオンやハイエナの生態を
いくつもあきらかにしていく。
この本は、1974年から7年をかけておこなわれた
彼らの観察の記録である。

この記事のタイトルを「人間は、どしがたい」としたのは、
ひとがいかにすくいがたい存在かを、おもいしらされるからだ。
オーエンズ夫妻と、とくにしたしい関係にあった
オスライオンのボーンズを、
アメリカ人のハンターがうちころしてしまう場面がある。
まえの日に、夫妻からボーンズの生態をきき、
目になみだをうかべて感激していたハンターは、
あろうことかそのボーンズをうちころしてしまった。
ひとをおそれないボーンズしとめるのは、
どんなにたやすいことだったろう。
ボーンズ、そしてオーエンズ夫妻の無念をおもうと、
人間はどしがたい、としかいいようがない。

また、カラハリ砂漠の自然保護区では
何万頭ものヌーの大移動が観察されている。
水をもとめ、ながい旅をつづけるヌーは
もうすこしで水場にたどりつく、というところで、
針金をはられた柵にぶちあたる。
人間が家畜として世話をしている動物に、
野生動物の病気がうつらないよう隔離する柵だ。
この柵が、たしかに有効という事実はないのに、
柵のためにおおくのヌーがちからつき、たおれていく。
柵の犠牲になったヌーの死期はごくゆっくりとやってくる。まだ前足で砂をかく力の残っている、横たわった彼らからカラスやハゲワシは容赦なく目をくりぬいていき、屍肉食者たちはまた、耳や尾や睾丸などを髪切っていく。こうして2、3000頭のヌーが柵ぞいで死んでいった。

まったく、人間はどしがたい。
この地球から、人間などいなくなったほうがいいと、
どれだけおもったことか。
この本の、とくに後半は、どしがたい人間の記録ともいえ、
わたしは胸がふさがれるおもいでよみすすすめた。

ながい時間をかけ、カラハリ砂漠の過酷な自然に適応してきた
動物たちの生態は、おどろくことばかりだ。
カラハリ砂漠は砂漠なので、もともと雨はすくないが、
ときには何年も雨がふらないときもある。
そんな環境でも、一滴の水ものまないで
動物たちは生きぬくちからを身につけてきた。
必死に生き、子どもをそだてるライオンや
カッショクハイエナは、どこまでもけなげだ。
ふかい愛情と、正確な記録でこの本をかきあげた
オーエンズ夫妻にふかく感謝したい。

posted by カルピス at 11:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする